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コレクション: コレクション2

BnF. Département des manuscrits. Japonais 5602 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 5602 - ページ 19

ページ: 19

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 本社(ほんしや)の地(ち)は古廟(こひやう)なり則(すなはち)其回(そのめく)りに瑞籬(たまかき)を造(つく)り設(まう)く中(なか)は一堆(いつたい)の塚(つか)  にして蒼樹(さうしゆ)繁茂(はんも)す《割書:此地(このところ)は昔(むかし)の奥州(あうしう)海道(かいたう)にして往古(そのかみ)は廟後(ひやうこ)耕田(こうてん)の地(ち)こと〳〵く|入江(いりえ)にして玉川(たまかは)の流(なかれ)も此地(このところ)に傍(そひ)て流(なか)れしとなり是(これ)を矢口(やくち)の》  《割書:沼(ぬま)と称(しやう)す長(なかさ)凡(およそ)三百 間(けん)斗(はかり)横(よこ)四十 間(けん)或(あるひ)は三十八間 程(ほと)ありといふ土俗(とそく)のいはく是(これ)も昔(むかし)の川筋(かはすち) |なりといへり今(いま)は水流(すゐりう)付(つけ)かはりたり》  鞍掛榎(くらかけえのき)《割書:社前(しやせん)にあり至(いたつ)て老樹(らうしゆ)なりしか|今(いま)はかれたりとてみえす》  古廟碑(こひやうのひ)《割書:社前(しやせん)左(ひたり)の方に建(たて)たり文章(ふんしやう)は服元(ふくけん)喬書(きやうしよ)は烏石(うせき)|葛辰(かつしん)なり古(いにしへ)は後(うしろ)の方へ向(むか)ふと云 今(いま)は社(やしろ)の方(かた)へ向(むか)ふ》   矢口新田神君廟碑   昔元弘帝出居南山足利氏立光明帝于京於是南   北分朝諸国各拠其党戦争数年而新田氏挙族勤   王南朝宗人左中将源公義貞卒其族衰神君者中   将公庶子名義興勇気掩世延文中以兵衛助為南   帝密徇東国勢将復張先是足利氏使其子基氏居   鎌倉令関東畠山国清為副時共出次武州患之畠   山以幕中士竹沢嘗事神君因使図之乃陰其謀伴   与竹沢有隙遂之竹沢使謂神君曰臣無罪見疑於   国清若得再事旧君願有所効神君納焉乃飾美女   進之有寵既而請饗已家因図害之美人有夢悪懼   止神君不出竹沢不克果而神君亦不猜近之乃又   密請畠山使江戸氏二人助焉亦伴遂之二人因竹   沢来神君納焉於是三人比事焉勤襲鎌倉且曰有   衆難襲使分士卒先神君至矢口津従者十三人耳   竹沢預与舟人謀竅舟而塞之使待于岸既而神君