キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [2] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [2] - ページ 45

ページ: 45

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   二日丁夘 天草軍記曰三宅藤兵衛大島子ゟ冨岡へ帰り早  々唐津江義申遣候は当島吉利支丹一揆を起候  間大島子迄令出張少々相鎮候得共上津浦大矢野  村千束村離島柳之瀬戸辺一揆次第に令蜂起  候条此島之人数斗に而は中々退治難成候侭早  々組頭衆二組程加勢遣候様に遣与申遣右之使十  一月二日唐津城下へ参着候 島原記曰三宅藤兵衛以下大島子ゟ冨岡江帰て早  速唐津へ注進春当島吉利支丹等一揆を起し  候間大島子迄令出張少々相鎮候得共上津浦  大矢野千束村雑に嶋柳之瀬戸辺一揆次  第に令蜂起候条此城之人数斗に而は退治難  仕候間早々組頭衆二組程加勢被遣候様に与申  越唐津之城下兵庫頭留守居之者共江右  之使十一月二日夘之刻に参着春 寛明事跡録曰十一月二日唐津へ天草富岡ゟ注  進有之其故は天草冨岡城には寺沢志摩守に  城代三宅藤兵衛《割書:三千石|歟》並に中島与左衛門《割書:七百石足|軽弐拾人》  古橋勝介《割書:四百石足|軽大将》其外有柄木村には石原太郎