キリシタン関連史料を翻刻

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切支丹御退治記 49巻. [2] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [2] - ページ 48

ページ: 48

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 預之足軽を第一に引廻し裁判仕自身之働きに心  懸申間敷哉但足軽之裁判には不構壱分之働を  第一に可仕候哉与尋候得共何連茂口を揃尤之御念  候足軽を御捨置壱分之御働可被成候哉只々御壱  分之御働は御無用也御預之足軽は御裁判一通に被  成候而可然との事故天草有馬勤中後自身之  働に心懸不申候    三日戌辰 天草軍記曰唐津之家老早々先飛脚を認め岸  田助太夫与申者を為使者十一月三日丑之刻江戸  へ注進申遣候    四日己巳    五日庚午 天草軍記曰三宅方ゟ加勢二組与申越候得共天草  も大島に候間又々一揆弥増に成事も不知四組遣  可申由則頭之面々聞取に而岡島次郎右衛門同七  郎右衛門沢木七兵衛原田伊予四人組子弐拾人  之数上下合千五百人十一月五日朝唐津令出舩候