キリシタン関連史料を翻刻

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切支丹御退治記 49巻. [2] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [2] - ページ 79

ページ: 79

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 然るに今備を替申候はゝ味方可有不覚候唯  此侭待受戦候半与返事致し候得共何も藤兵  衛与申合備を立替候半与色免き候處を敵見  春満し大勢真直に馳来り急に戦ひ味方たま  里不得敗軍仕候惣左衛門義は組共に右之所  に暫踏し免鉄炮少々打せ候得共只一組斗残  居申候分に而は何之甲斐も無之内に又敵に  三百人程後へ廻り時之声を揚け前後与里取  囲打申候於其所高橋弥次右衛門高畠二郎太  夫入江与右衛門其外五六人討死仕足軽も二  十人斗り討連候由惣左衛門語り申候事  其年は於江戸長門守屋敷普請仕候に付足軽  共大形江戸へ罷越候故長門守帰着已前島原  に者足軽纔三四十人残り居申候夫さへ御不  定に相見に申候き其外籠城仕たる町人百姓  勝方見合申者にも鉄炮を渡し以上鉄炮数六  七百挺茂有之候を塀裏に付置島原籠城之中  者昼夜断間なく鉄炮打せ且又本丸二の丸之  高き所ゟ石火矢を混打出し申事 別当杢左衛門覚書曰十一月十二日には田中宗