天保郷帳を翻刻!

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摂津国郷帳 - 翻刻

摂津国郷帳 - ページ 19

ページ: 19

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一高三百四拾六石九斗弐升五合   《場所:上中条村》 一高四百四拾六石七升八合     《場所:下中条村》                 《割書: |《場所:溝杭》》 一高六百七拾七石弐斗九升弐勺   《場所:二階村》                 《割書: |《場所:溝杭》》 一高五百五拾六石弐斗四升八合   《場所:馬場村》                 《割書: |《場所:溝杭》》 一高七百弐石五斗弐升三合     《場所:目垣村》                 《割書: |《場所:溝杭》》 一高三百六石四斗三升七合     《場所:十一村》                 《割書: |《場所:溝杭》》 一高三百弐拾弐石六斗七升三合   《場所:平田村》 一高三百八拾三石八斗九升五合   《場所:鮎川村》 【一八八九年(明治22年)4月1日に町村制施行により二階堂(にかいどう)、目垣(めがき)、馬場(ばば)、平田(ひらた)、十一(じゅういち)の五大字が集まって大阪府島下郡の村として溝咋村が出来た。もともと溝杭荘と呼ばれていた地域であり1889年の町村制の施行にあたり、その荘名を採って溝咋村と名づけられた。旧村名は大字として残された。溝咋の字は、時代により色々用いられていた。】