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翻刻
一高三百四拾六石九斗弐升五合 《場所:上中条村》
一高四百四拾六石七升八合 《場所:下中条村》
《割書: |《場所:溝杭》》
一高六百七拾七石弐斗九升弐勺 《場所:二階村》
《割書: |《場所:溝杭》》
一高五百五拾六石弐斗四升八合 《場所:馬場村》
《割書: |《場所:溝杭》》
一高七百弐石五斗弐升三合 《場所:目垣村》
《割書: |《場所:溝杭》》
一高三百六石四斗三升七合 《場所:十一村》
《割書: |《場所:溝杭》》
一高三百弐拾弐石六斗七升三合 《場所:平田村》
一高三百八拾三石八斗九升五合 《場所:鮎川村》
【一八八九年(明治22年)4月1日に町村制施行により二階堂(にかいどう)、目垣(めがき)、馬場(ばば)、平田(ひらた)、十一(じゅういち)の五大字が集まって大阪府島下郡の村として溝咋村が出来た。もともと溝杭荘と呼ばれていた地域であり1889年の町村制の施行にあたり、その荘名を採って溝咋村と名づけられた。旧村名は大字として残された。溝咋の字は、時代により色々用いられていた。】