翻刻
藤吉郎秀吉 新(あらた)に又三千 余騎(よき)の勇兵(ゆうへい)を引率(いんぞつ)し大手の方へ攻来(せめきた)り都合(つがう)
六千 余(よ)人の軍勢(ぐんぜい)大山も崩(くづ)るゝ斗(ばかり)鯨波(とき)の声(こへ)を発(はつ)し責(せめ)かゝらんず勢(いきほ)ひを
なせは城兵(じやうへい)ども恐(をそ)れおのゝき落支度(をちじたく)のみしたりける大将 大野木(おほのき)佐渡守(さどかみ)
大きに怒(いか)り士卒(しそつ)を励(はげま)し防戦(ぼうせん)の用意(ようい)をなす時に木下藤吉郎 追手(おふて)
の堀際(ほりぎは)に馬を乗(のり)出し大 音(をん)にて申けるは朝倉(あさくら)浅井(あさい)の両軍(りやうぐん)粉のごとく
成て逃失(にげうせ)たれば今は誰(たれ)をたのみに籠城(らうじやう)せるや信長公は仁愛(じんあい)を以(もつて)天
下を征(せい)し給へば汝等(なんぢら)が忠志(ちうし)を感(かん)じ給ひ城を開(ひら)き落行(をちゆく)ならば命(いのち)は
助(たす)け給ふべしはや〳〵開城(かいじやう)致すべしと罵(のゝしり)ければ城将大野木 佐渡守(さどかみ)矢倉(やぐら)
にあらはれ大に怒(いか)り答(こた)へけるは心得(こゝろえ)ぬ敵(てき)の一言(いちごん)かな浅井 父子(ふし)滅亡(めつぼう)あらば詮(せん)
なき城を守(まも)るともいふべし軍(いくさ)の勝敗(しやうはい)は剛億(がうおく)によるべからず長政 敗軍(はいぐん)
せりといへども現然(げんぜん)として小 谷(だに)の城を守(まも)れり我々長政 父子(ふし)の命(おほせ)なくして