翻刻
喜(よろこ)び夫(それ)より大 津(つ)の辺(ほと)りを放火(ほうくは)乱妨(らんぼう)して弥(いよ〳〵)軍威(ぐんい)を震(ふるひ)ける
浅井朝倉(あさいあさくら)与_二信長対陣(のぶながとたいじん)_一
去程(さるほど)に信長卿は摂州(せつしう)中 嶋(じま)に出陣(しゆつぢん)して三 好(よし)一家と対戦(たいせん)有けるに宇(う)
佐(さ)山にて信治(のぶはる)森(もり)三左衛門 討死(うちじに)し浅井朝倉が輩(ともがら)威勢(いせい)を震(ふる)ひや
がて都へ責登(せめのぼ)るよし聞(きこ)へければ是等(これら)の敵京都に攻(せめ)のぼらば勇々敷(ゆゝしき)大事
なりとて上 洛(らく)の用意(ようい)せられけれども三 好(よし)の一 党(とう)本 願(ぐわん)寺の門徒等(もんとら)
と度々の合戦に軍士 数多(あまた)損亡(そんぼう)し織田(おだ)方は敗軍(はいぐん)のみなりければ信
長 深(ふか)く憤(いきどを)り給ひ横(よこ)山の城にありし木下藤吉郎を召(めさ)れ進退(しんたい)を問(とひ)
給ふに藤吉郎 計略(けいりやく)を以(もつ)て本 願(ぐはん)寺の門徒(もんと)を討破(うちやぶ)り漸(ようやく)先敗(せんはい)の
恥辱(ちじよく)をすゝぎ藤吉郎を三 好(よし)本願寺の押(をさ)へに残(のこ)し同九月廿三日
信長卿中 嶋(じま)表(おもて)を御立有て江州 坂本(さかもと)へこそ向はせ給ふ