翻刻
空(むな)しく成にけり時に行年四十八歳也 爰(こゝ)におひて尾藤(びとう)道家(みちいへ)を始(はじ)めとし
て森(もり)が郎等(らうとう)十余人 敵(てき)の中へかけ入り〳〵差(さし)ちがへて死(し)するも有 乱軍(らんぐん)の
中に切死(きりし)せるもあり一人も活(いき)る者なく皆(みな)討死(うちじに)をしたりける城中には
主将九郎 信治(のぶはる)三百余人にて籠(こも)られけるが遥(はるか)に森(もり)が討死(うちじに)をみて今は何をか
期(ご)すべきとて青地(あおぢ)駿河守(するがのかみ)諸(もろ)ともに 城戸(きど)を開(ひらい)て討(うつ)て出 勝(かち)ほこりたる
朝倉勢に会釈(えしやく)もなく突(つい)て入 追(おい)つかへしつ半時(はんとき)斗(ばかり)戦(たゝか)ひしが小勢を以(もつ)て
いかでか大敵に当(あた)るべき将卒(しやうそつ)ともに戦(たゝか)ひ労(つか)れ大将 信治(のぶはる)も乱軍(らんぐん)の中に
討たれ給ひければ青地(あおぢ)駿河守(するがのかみ)も是まで也と思ひ偃(のつ)たる太刀(たち)を踏直(ふみなを)し
群(むらが)る大軍を事ともせず西になびけ東に追(を)ひ思ふ程(ほと)戦ふてこれも
討死(うちじに)したりけり大将かくのごとくなれば誰(たれ)か一人も生残(いきのこ)るべき爰(こゝ)かしこ
にて討(うた)れぬれば朝倉浅井の両勢大に勝鬨(かちどき)を揚(あげ)物(もの)はじめよしといさみ