Code4Lib JAPAN ✕ みんなで翻刻

コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

豊橋商工案内 - 翻刻

豊橋商工案内 - ページ 230

ページ: 230

翻刻

(302) めて平坦駅から八丁夏季避暑客極めて多い。野田城駅は笛の名人村松芳休の劉喨たる妙音 に誘はれて武田信玄が狙撃せられたる野田城址へは僅かに五町、更らに新城に入り菅沼定 盈の墓がある、此の地は豊橋以北の小都会で県立農蚕学校を始め高等女学校官衙公署があ つて商工業亦盛である、豊川鉄道の終点は長篠駅で豊川鳳来寺両線の接続する所である。 大野を経て川合に至る鳳来寺鉄道と海老、田口、津具を経て信州飯田に至る伊奈街道との 分岐点で駅前から東三自動車が一日二回まで往復の便がある、此の駅を距る十四町余寒狭 川三輪川二流交叉の処に長篠古城址があつて附近一帯は武田、徳川、織田三氏の古戦場であ る、長篠役は天正三年五月甲斐の武田勝頼が家康の臣奥平信昌を此の城に囲みたるに起因 し、此の時鳥居強右工【エ/ヱ/衛いずれかの誤植か】門の最後は人口に膾灸【炙の誤植】せる処であつて、其墳墓は今も鳥居駅から一 町余の寒狭河畔に存在して居る、其他此合戦に戦死せる甲将馬場美濃守信房内藤修理亮昌 豊山県三郎兵衛昌景其の他の墳墓は今尚此地を中心として附近に散在し行人をして低回顧 眄の情に堪へさらしむる者がある、鳳来寺の旧時を偲ばむとするものは長篠駅から二里余 自動車人力車の便によつて山麓に達す鳳来寺駅から下車すれば二十余町山麓から本堂薬師 如来迄は九町を登るのである同寺は推古天皇の勅願により僧利修の開創せる処天台真宗の 二宗を兼ね極めて古い由緒を有つて居る全山風物総て壮観を極めたものであつたが数度の 火災に逢つて今日旧態を存せず僅かに三門並東照宮祠などは尚昔時の面影を留めてゐる、 東照宮は慶安四年の創立で後度々修繕を加へられてゐるが尚明かに徳川初期の様式を見る べきものである殊に此の山は阿蘇火山脈の終点に位し悉く火山岩で構造され極めて断壁千 仞の奇勝に富んで居る、三河大野駅から行者越に道を取れば鳳来寺で最も近径で大野橋を 渡ると八名郡大野町である此地名勝に富み商工業亦盛なれば駅には設備整ひたるホテルを 設け旅客の便を計る町はづれに天神山公園と不動瀧がある此処から山吉田村阿寺迄は二里 余りで馬車自動車の便あり飛泉豊で七折の高さ百二十五尺阿寺の七瀧と称し夏猶寒きを覚 ゆる避暑地である。湯谷駅は所謂鳳来峡の中間で三輪川(板敷川)を隔てた対岸は県道別所 街道が坦々として北へのび恰かも耶馬渓を見るが如き風趣をたゝゑて居る川の流れに沿ひ 小盆地から湧出づる鉱泉がある之れを鳳液泉と謂ひ万病に効顕ありとて駅は此処にホテル を経営し旅客をして心行くまで享楽せしむるとの事である。三河槇原駅は鳳来寺山から搬 出の山と積まれた木材薪炭製材の響附近殊に佳景に富み幾多の鳳来峡名所がある此地山深 きに平地多ければ都人の別荘地として有望である。三河川合駅は本郷御殿振草を経て信州 (303)