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コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

豊橋市市制施行二十年誌 - 翻刻

豊橋市市制施行二十年誌 - ページ 170

ページ: 170

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   ―第十三章 兵事   三〇六  大正十四年五月、軍備整理により第十五師団は遂に廃止せられたるを以て廃止部隊並びに移転せらるべき部隊の将校 を招待し、本市は渥美郡尚武会と連合して、四月二十四日豊橋高等小学校に於て送別の宴を開けり。五月一日浜松市に分 屯せらるべき歩兵第十八連隊第三大隊を敬送し、五月五日名古屋市より移転の工兵第三大隊を歓迎せり。工兵第十五大隊 は明治四十一年第十五師団として設置され大正三四年戦役にはその一部を以て、独立工兵第一大隊を編成せられ、青 島戦に参加し功績多かりしが、大正十四年五月軍縮整理の犠牲に供せられ遂に廃止の運命に遭遇し、斯くて工兵第三大隊 其跡に転営せるものなり。  五月七日には新設高射砲第一連隊到着につき前同様盛大なる歓迎をなせり。     四、兵事関係の諸団体          △在郷軍人会  本市在郷軍人会は明治二十七八年戦役後豊橋町在郷軍人団と称し、軍人精神の鍛錬、軍事能力の増進を目的とし、併せ て各自の親睦を図る為在郷軍人有志を以て組織せられしが、明治四十三年十一月帝国在郷軍人会の組織成るに及び、本市 に於ても豊橋市在郷軍人分会を組織し、益々会務の発展向上に努めしが、漸次会員の増加に伴ひ更に大正二年四月市内を 東中南西の四分会に区分し、之を統一する為、市に連合分会を置きしが、時世の進運は更に各小学校区に分会を区分する の必要を痛感し、大正十五年四月以来逐次之が編成改正に着手し同年七月一日を以て、岩田、東田、八町、新川、狭間、 松山、花園、松葉の八分会を完成し、各其学校名を冠し、連合分会の統一指導の下に概ね左の事業を実施しつゝあり。 【上段】    一、軍人精神修養の為め名士の講演    一、軍事能力増進の為め軍隊の見学及機関雑誌の購読    一、戦病死者遺族の吊慰及廃兵の優遇    一、青年訓練所の指導協力    一、規約貯金の励行 【下段】    一、未教育補充兵の教育    一、入営壮丁の予習教育    一、社会公益のための各種事業    一、応召準備の整頓          △豊橋市尚武会  本市には町時代既に豊橋町恤兵団の設けあり、明治三十七八年戦役に当りては、軍隊の送迎出征軍人家族の救護、戦病 死者の葬儀其他犒軍恤兵に関し大に活動する処ありたり。  明治三十九年市制の実施を見たるに依り同四十年豊橋市尚武会を組織せり。尚武会は義勇奉公の志操を保全し尚武の気 象を振作する主旨に依り軍隊及軍人を待遇するを目的とし各大字尚武会を以て組織し市長を会長とし助役を副会長、各大 字尚武会長(町惣代)を委員とし委員中より評議員を選み一切の事業を処理せり、会の経費は評議員会の決議に依り分担額 を定め各大字尚武会に於て負担せり爾来二十年、絶へず入隊営者の歓送迎、現役満期兵の慰労、在営兵の慰問、宿泊軍隊の 待遇及毎年県表忠会に於て行はるゝ招魂祭の援助等に努めたるは勿論、第十五師団の歓迎日独戦役出征者の送迎、満州守 備艦隊の送迎慰問並に師団廃止に伴ふ軍隊の送別等臨時の施設に付きて常に其活動を怠らず、目的の達成に努力しつゝあり 最近数年間の経費支出左の如し。 ◇尚武会支出額調査書    ―第十三章 兵事   三〇七