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―第十四章 交通運輸通信 三一六
町線に至る。此の延長四百九間四厘、幅員平均四間を有す。
◇萱町線 国道上伝馬町元陳列館前より起り花田町稗田を経て、牟呂用水路を渡り高師村に至る。此の延長八
百参拾七間四分、幅員四間を有し、本線は大手線と共に高師兵営に通ずる重要道路なり。
◇大山塚羽根井線 萱町線より起り省線大山塚踏切より牟呂吉田村に至る。此の延長六百九十六間四分、幅員四間五
分乃至三間を有す。
◇船町線 国道船町地内より分れ、豊橋駅に至るものにして、此の延長四百弐拾壱間、幅員四間を有す。
◇関屋線 国道札木線より分れ、関屋豊川河岸に至るものにして、此の延長弐百四拾間、幅員三間乃至四間
を有す。
◇花園中柴線 国道札木町より分れ、魚町を経て、新銭町に於て、新停車場通を越へ、新川町中柴町を経て高師村
に至る。延長七百八拾九間、幅員二間一分余を有す。
◇八町中世古線 八町線東八町十字路より分れ、曲尺手町に於て国道を越え、中世古を経て向山工兵隊に至るものに
して、延長六百八拾三間、幅員四間乃至弐間を有す。
◇向山工兵隊線 萱町線中花田町東郷より起り、向山工兵隊に至るものにして、此の延長三百六十間、幅員三間を有
す。
◇飯村射撃場線 国道東海道の南部飯村町より分れ、陸軍射撃場に至る道路にして、此の延長四百二十三間、幅員四
間を有す。
◇陸軍墓地東南線 延長五十間幅員平均一間八分(陸軍省にて開鑿明治四十二年四月市道に編入)仝東方線延長十間
幅員二間(仝上明治四十二年九月市道に編入)
◇飯村射撃場西南線 延長四百五十四間幅員二間(陸軍省開鑿四十二年九月市道に編入)
△市区改正並に街衢の改修
本市はもと東海道の主要駅にして古来旅客の往来頻繁なりしも、道路は概ね狭隘にして、車馬の交通に適せざるのみなら
ず第十五師団設置以来急激なる発達をなし、本市及附近の人口増加及産業の発達頓に加はり、旅客の交通貨物の集散益々
繁劇の度を加へ、随て交通機関の整備改善を要すること急なるに至れり、茲に於て旧幕時代より市内の中枢部なる札木、
上伝馬両町に存在せし遊廓を東郊東田の地に移転すると同時に第一期線第二期線の道路開鑿を決定し総工費二十八万円の
内二十四万九千五百円を市債に求め、四十三年より向三ヶ年の継続事業として第一期工事に着手し大手線、新停車場線、
八町線、萱町線、船町線等の改修を遂げ引き続き第二期線工事として着手したるが大正七年大手線竣工大正十一年萱町線先
の竣工を以て之が完成を遂げたり。其後随時土木事業を起し街衢の改良を計れるもの大小六十余線に達せり。尚最近に至
りては市民が道路拡張の必要を自覚せる結果、工費を寄附し或は敷地を提供するもの漸次増加せしにより其趣勢に乗じて
改修に着手し既に竣工せるもの尠からず、未成功のもの及計画中のものを合すば三十余線に達すべし、斯くて本市の道路
は逐年改善を見つゝあるも此等は皆所謂都市計画の補助線に属するものなり。
主要路線の開鑿
◇八町線 東八町の東端八幡社前より東田遊廓に至るものにして、明治四十三年二月起工、仝年十二月竣功せ
るものなり、延長約千四百間、幅員四間五分あり。工費約二万五千円にして、東田坂上まで七百八十七間七分、夫よ
―第十四章 交通運輸通信 三一七