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翻刻
―第二章 変遷 一四
工に係り県工事にして、総工費十三万五千円を要したり長八十一間二分幅五間あり。
舩町 藩主池田輝政の橋梁移転後、船町は漸次発展
を来たし、船乗若しくは運送を業とするもの此処に集ま
り、爾来藩侯よりは特に船役を命ぜられ、輸入貨物の運
上を取ることを許されたる所なり、今も尚ほ商業取引盛
なり殊に大正四年停車場に通ずる船町路線の開通以来、
往来一層繁劇となりたり。
湊町 船町の東隣にして以前田町坂下町の二ヶ町に
分れしが、明治十一年十二
月合併して、此称を用ふるに至れり。
上伝馬町 湊町を右折すれば旧坂下町にして、往時坂路の中程に惣門あり。当時に於け
る城下西入口の第一門なりき。坂上は即ち上伝馬にして昔は札木町と仝じく旅籠屋飯盛女を
許されたる所なり。維新後貸座敷業軒を並べたるが、明治四十三年八月東田遊廓地へ移転し
爾后今日の状をなすに至れり。
萱町 上停馬町の南にあり。大正十一年七月(用水北は大正三年九月開通)竣工したる
萱町線の基点にして、之より柳生橋に通ずる、道路の開鑿によりて、市街は面目を一新せ
【図の説明】船町古図(貞享年間)
【図の説明】昔の船町
【図の説明】改修当時の船町
り。
本町
本町は昔
時元町と
称せしこ
とあり。
上伝馬の
南に接し池田輝政の城廓拡張以来、此名称を用ふるに至りしものなり。現今商業中心地とし
て頗る殷賑を極む。
札木町 札木町は本町の東に連り旧幕時代繁華
雑沓を極めたる所にして、本陣脇本陣等軒を並べ、
現今本町に続きて商業盛なり。
旧本陣は札木町北側にありしものにして、清須屋
事中西与右衛門を本陣とし、江戸屋事、山田新右衛
門を脇本陣とせしが、その後江戸屋も本陣格に昇進
して、別に桝屋事鈴木庄七郎脇本陣の取扱を受くるに至れり。斯くて明治元年車駕東幸の
際は、清須屋を以て行在所と定められ、前後三回までも御駐輦遊ばされたり。明治二年昭
【図の説明】船町より湊町を望む
【図の説明】坂下惣門古図(貞享年間)
【図の説明】上伝馬通り
【図の説明】本町通
【図の説明】嘉永の頃の札木町(吉田名蹤綜録所載)
―第二章 変遷 一五