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―第四章 市政の沿革 三四
り。
二級当選者 ( )内得点以下仝じ
富田良穏 (二一三) 久野寛一郎(一八七) 西岡松枝(一七八) 伊東米作 (一五六)
杉田権次郎(一四七) 遊佐 発 (一三六) 伊藤貞吉(一一五) 鈴木吉兵衛(一一一)
永野武三 (一〇四) 富田佐一郎(一〇三) 曽田良吉(九九) 西山左内 (九六)
一級選挙に在りては、仝所を選挙場とし永野武三、遊佐発、原田万久、大場儀平の四名を選挙掛に選任し、元戸長久野寛
一郎選挙掛長となり、廿六日午前十一時開始午后四時投票を閉鎖し開票せるが、有効投票二千〇〇壱点にして左記当選
せり。
一級当選者
佐藤弥吉 (九〇) 原田万久(六七) 佐藤市十郎(六六) 伊東耕一 (六六)
田中佐次郎(六三) 土屋庄七(六三) 大山復次郎(六三) 福谷元治 (五九)
石川 汀 (五七) 鈴木源吉(五一) 中村卯兵衛(五〇) 高橋小十郎(四九)
斯く多数の人員が成法に依り厳格なる投票を行へるは真に最初の事なれば掛員も事務に熟せす選挙人も又法規に通せず、
殊に当時は連記の投票にして無筆者の為めには係員の代筆を認めたる為め、事務の繁雑を来たし、無効投票も多種多数に
発見されたるが如し。
豊橋町民は元来政治趣味に富めるが故に議員選挙に当りて、一部の競争も見たるが町長選挙には、劇甚なる競争を惹き
起し、一派は三浦碧水氏を候補とし、他の一派は佐藤善六氏を擁立して、互に競争せしが、三浦氏遂に当選せる結果一派
は之を憤慨し猛烈なる辞職勧告の運動をなすあり、町会議員中に若干の辞任者を出さすに至れり、斯くて十一月廿五日、
三浦町長認可就職と同時に鈴木源吉氏助役に就任、仝十二月廿五日白井直次氏収入役に就任、茲に全く町制機関の完備
を見たり。
明治二十四年助役一名を増員し小野道平氏就任せり、仝月廿七八両日を以て市会議員の補欠選挙を行ひたり。
二級当選者
田中新九郎(五九) 加藤久男(五三) 横田善十郎(五一)
一級当選者
繁野清彦(四九)
翌廿五年二月三浦町長病気の為め辞任仝年三月服部弥八氏第二代の町長として後を襲ひし
が、仝氏亦在任三ヶ月にして辞任、助役小野道平氏之に代はり仝年六月第三代の町長とし
て就任、永野武三、遊佐発の両氏助役となり町政の衝に当れり。
当時の議員は任期を六ヶ年とし、三ヶ年毎に半数改選を行ふ制度なりしを以て抽籤にて
半数の退任者を定め、廿五年九月廿六日(二級)廿七日(一級)の両日半数改選及補欠選挙を行ひたり。
二級当選者
福谷元治(二六三) 瀧崎安之助(二五〇) 杉田久吉(二二〇) 中村卯兵衛(二一三)
(補欠)
菅沼源六(二〇八) 高沢彦七 (一九一) 原田万久(二二七)
【図の説明】町長 三浦碧水氏
【図の説明】町長 小野道平氏
―第四章 市政の沿革 三五