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コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

豊橋市市制施行二十年誌 - 翻刻

豊橋市市制施行二十年誌 - ページ 93

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   ―第八章 教育                               一五二 は廃止せられたり。而して小学校は上下二等とし、各等を八級に分ち下等八級より上等一級に至る毎級の期間を六ヶ月と し、小学校教則を発布して学科の配当、教科用書、教授方法等を示し、政府はこれが督励に努めたれども画一的の実施は 頗る困難にして其後数年を経るも全国を通じ小学校設置の数は予定の半数にも充たざりしを以て、明治十二年九月学制を 廃し教育令の発布を見るに至れり。 ◇教育令の実施    教育令にありては、学校の種類を分ちて小学校、中学校、大学校、師範学校、専門学校其他の各 種学校とし、小学校は毎町村或は数町村聯合し公立として設置し或は私立学校を以て之れに代用し得ることを許し、六才 より十四才までを学齢とし、学齢間少くも十六ヶ月は義務として普通教育を受くべきを規定せるも学制に比すれば頗る寛 大にして自由主義のものなりしを以て国家教育の頽勢を生ずるに至れり。依つて翌十三年十二月再び教育令を改正し、学 校の設置、廃止の取締を厳にし小学校の学期を三ヶ年以上八ヶ年以下とし、授業日数を毎年三十二週間以上、授業時間を 一日三時間以上六時間以下とし小学校三ヶ年の課程を終らざる間は毎年十六週以上の就学を強要し就学督励規則を定め厳 に之を励行せり。明治十四年四月調の渥美郡学区表によれば郡内を五十八区に分ち、七十三校を設置せり。本市関係区域 の分左の如し。   学区   町村                校名    所在地  創立年月   第一区  八町、宮下町、袋町、川毛町、八幡  八町学校  八町   明治六年十月        町、東町、土手町、関屋町、上伝馬        町、松葉町、萱町、指笠町、三浦町        本町、花園町、新銭町、神明町、清        水町、紺屋町、札木町、呉服町、曲尺        手町、鍜治町、下町、吉屋町、手間町   第二区  湊町、船町             三町学校  湊町   仝十二年十二月   第三区  魚町                魚町学校  魚町   仝十三年一月   第四区  豊橋村               旭学校   豊橋村  仝上   第八区  花田村               幡田学校  花田村  仝六年十月                          花ヶ崎学校 仝上   仝十二年四月   第九区  東田村(瓦町を除く)         二連木学校 東田村  仝十一年五月   第十区  岩田村               岩田学校  岩田村  仝六年十月   第十一区 三ノ輪村(佐藤瓦町入ル)       三ノ輪学校 三ノ輪村 仝上   第十二区 飯町(高師原入ル)          飯村学校  飯村   仝十二年六月     右表中関屋学校吉屋学校の名称を存せざるは時々変更ありしによるなるべし  明治十四年五月「小学校教則綱領」の発行あり、小学科を分ちて初等、中等、高等の三等とし学期は初等科中等科を各 三ヶ年とし高等科を二ヶ年とし通じて八ヶ年とし、土地の情況により伸縮するを得れども初等科は三ヶ年を下るを得ず各 科通じて八ヶ年を超ゆるを得ざるものとせり。明治十五六年の頃は米価最も低落し農民の生活を脅し仝十八年に至り不景 気其極に達せしかば、教育費の節減を企つるに至り就学督励規則の励行によりて漸く就学児童の減少を防止せるが如き状 況なりしが時恰も政府は官制の大改革を行ひ、各省の卿を廃して新たに大臣を置き森有礼氏文部大臣に任し、教育制度の 一大刷新を企て、仝十九年三月「帝国大学令」を発布し、翌年更に「師範学校令」「小学校令」及諸学校通則を発布し、 諸学校は小学校令を基本として秩序整然たる系統を成すに至れり。 ◇小学校令実施    此規程によれば小学校、中学校、師範学校は何れも尋常高等の二級に分れ、高等小学校の卒業者 は尋常中学校に尋常中学の卒業者は高等中学校へ高等中学校の卒業者は更に大学に進学し又高等小学校の卒業者は尋常師 範学校へ尋常師範学校の卒業者は高等師範学校へ進む直系傍系の二大系統を明かにし、加之諸学校令に聯関して教員免許、    ―第八章 教育                               一五三