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―第八章 教育 一五四
教科用図書の検定供給其他の諸規則に一大改正を行ひ我が国の教育制度は全くこゝに面目を一新するに至れり。
新学校令実施の為めには学区の地域を拡大して、学校の規模を大にし多数の児童を収容して教育の統一を図るの必要を
生じたるにより、二十年四月の新令実施に先ち郡内学区の整理を行ひ校数を約三分ノ一に減じ二十一学区二十一校とせり
本市関係地域の分を挙ぐれば左の如し。
学区 学校位置 区 学校名
第一区 (追テ指定スルマテ当分旧 八町、船町、湊町、魚町、本町、札木町、呉服町、関 豊橋学校
ニ依ル) 屋町、曲尺手町、鍜治町、下町、松葉町、萱町、指笠
町、三浦町、花園町、新銭町、清水町、神明町、手間
町、紺屋町、吉屋町、上伝馬町、豊橋村
第二区 東豊田村 花田村、東豊田村 三吉野学校
第五区 岩田村 岩田村、東田村、瓦町村、三ノ輪村、岩崎村、飯村 岩田学校
右は二十年三月の県令に依るものにして従来の五十八区七十余校を一躍二十一校に減少せる結果は通学距離の遠隔、道路
の難易、習慣の相違等新学区に対する非難続出せり。
高等小学校は之を郡立とし、二十年四月より渥美郡立高等小学校を豊橋市に設立し授業を開始せるが、翌二十一年四月
之を渥美郡第一高等小学校と改称し田原町に仝第二高等小学校を増設し郡内の生徒を両学校に収容せり。
◇小学校令の改正 明治二十二年十月より自治制の実施せらるゝあり、小学校令及其関係法規に一大改正の必要を生
じ明治二十三年十月勅令第二百十五号を以て新たに小学校令を公布し従来の小学校令を廃止せり。旧令によれば小学校の
経費は児童の授業科及寄附金を以て弁ずるものとして、若し之を支弁し能はざる場合に於ては区町村の議決を以て区町村
費より其不足を補ふことを得しめ、又土地の情況に依りては区町村費を以て小学簡易科を設け尋常小学校に代用し得る規
定なりしが、新小学校令に於ては市町村は学齢児童を就学せしむるに足るべき尋常小学校を設置し、其の経費は市町村の
負担たるべきことを規定せられ町村内に於ける尋常小学校の校数位置は郡長の権能に依り定めらるゝ事となりたり。
明治二十三年三月郡立高等小学校を廃止し豊橋町立高等小学校の設置を見、仝年六月開校修業年限を三ヶ年に改めた
り。尋常小学校は自治制実施後に於ても渥美郡元船町外二十三ヶ町村聯合第一尋常小学校区を以て尋常小学豊橋学校を存
続し、郡長を管理者とし経費は聯合会の議決により町村の分割負担とせり。
改正小学校令の実施に当りては何れの町村に在りても夫々教育是の樹立を必要とせしにより豊橋町に在りては二十五年
三月町会の議決により臨時委員五名を挙げ計画施設を担任せしむる事となし仝年八月町立高等小学校設立の認可を得、尋
常小学校に就きては従来の聯合学校を廃止し町の独立を以て三校を設置し位置を大字八町に二校、湊町に一校と定め豊橋
町立第一(第二)(第三)尋常小学校と称し明治二十六年四月より之を実施せり、尚仝時に豊橋村学齢児童教育事務の委託
を受くることゝなりたるも校舎の余裕なかりしに依り、豊橋村字旭町に一校を設置しこれを第四尋常小学校と称せり。其
頃の情況を示せば左の如し。
◇学齢児童 (明治二十八年十二月現在)
種別 男児 女児 計 種別 男児 女児 計
尋常小学卒業者 六七四 五〇三 一、一七七 未就学ノ者 二八五 四〇〇 六八五
尋常小学在学ノ者 七二五 六四三 一、三六八 合計 五四〇 七三五 一、二七五
合計 一、三九九 一、一四六 二、五四五 人 人 人
不就学ノ者 二五五 三三五 五九〇 就学歩合 七二、一五 六〇、九六 六六、六二
―第八章 教育 一五五