翻刻
【右丁】
もあしく桑(くわ)のふりようなどにもむらありて疎略(そりやく)なる故(ゆゑ)蚕(かいこ)の性(せう)悪(あし)くなり
大小ふ揃(そろい)になるなり飼方(かいかた)の口傳(くでん)を覚(おぼ)え本法(ほんほう)を以(もつ)て養育(よういく)せば中々(なか〳〵)仕損(しそんじ)
あるまじきなり元(もと)より蚕(かいこ)は情(ぜう)を備(そなへ)たる霊蟲(れいちう)にて尋常(よのつね)の虫(むし)とは異(ちが)い
その席(せき)を去(さ)らず居(い)て桑(くわ)も我前(わがまへ)に来(きたれ)ば喰(く)い来(きた)らざるとて彼方(かなた)此方(こなた)歩(あゆ)
み廻(まは)り卑(いや)しく育(そだ)つ虫(むし)にあらず此理(このり)を考(かんが)へ随分(ずいぶん)気(き)を付(つけ)桑(くわ)の宛飼(あてがい)ようなど
むらなきようにすへしその中(うち)には心(こゝろ)烈(はげ)しき蚕(かいこ)もあれば又 大(おゝ)ようなる蚕(かいこ)もあるべし
かの厚飼(あつがい)にする時(とき)は達者(たつしや)なる蚕(かいこ)弱(よわ)き蚕(かいこ)の上に登(のぼ)り桑(くわ)を喰故(くうゆゑ)下(した)に敷(しか)
れし弱(よわ)き蚕(かいこ)は桑喰(くわく)うこと能(なら)ず然(じつ)として上なる蚕(かいこ)外(ほか)へ行(ゆく)を待(まち)頭(かしら)を低(たれ)て
居(い)る上なる蚕(かいこ)は十 分(ぶん)桑(くわ)を喰(く)い下(した)に敷(しか)れしは得喰(ゑくわ)ず上なる蚕(かいこ)漸(やう〳〵)外(ほか)え
行(ゆき)し時(とき)に下(した)なる蚕(かいこ)桑(くわ)を尋(たづぬ)れども最早(もはや)上なる蚕(かいこ)喰尽(くいつく)し糟(かす)となり
【左丁】
残(のこ)りし葉(は)は皆(みな)しをれ彼是(かれこれ)する内(うち)時刻(じこく)過(すぎ)て弱(よわ)き蚕(かいこ)は飢(うゑ)に及(およぶ)なりこれ
ふ揃(そろい)性(せう)あしくなる根本(こんほん)にて後々(のち〳〵)難症(むづかしく)なるべし至(いたつ)て大 切(せつ)の秘事(ひじ)なり能々(よく〳〵)
心得(こゝろゑ)べしと養蚕秘録(ようさんひろく)にも見(みへ)たり
發句(ほつく)に 我(わが)まゝに這(は)はで飼(かわ)るゝ桑蚕(くわこ)哉(かな) 閑更(らんこう)#1
○按(あんず)るに蚕業(さんげう)は人の運(うん)によりて吉凶(きつけう)ありということ無(なき)にしもあ
らねども畢竟(ひつきやう)は種(たね)の善悪(よしあし)と飼方(かいかた)の功拙(じやうつへた)とにあり又年
の廻り気候(きこう)により豊凶(ほうけう)の違(ちが)いあれども是(これ)も飼方(かいかた)によりて
勝劣(せうれつ|まさりおとり)あるべし譬(たとへ)ば耕作(こうさく)の道(みち)も同(おな)じ豊年(ほうねん)は運吉(うんよ)き人も運(うん)
悪(わる)き人も共(とも)に上 作(さく)し又 凶年(けうねん)には一 統(とう)に悪作(あくさく)するといへども其(その)
中(なか)に手入(ていれ)次第(しだい)にて実(みのり)の多少(たせう)差別(しやべつ)あり然(しから)ば天に少(すこ)しも