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コレクション: STAGE9

永代惨話 文化の夢 全 - 翻刻

永代惨話 文化の夢 全 - ページ 12

ページ: 12

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上(しやう)に群(むらが)りし人(ひと)、東西(とうざい)へ別(わか)るゝと見(み)へ「スウ」といふ声(こゑ)して、「ズ シリ」を地響(ちひゞき)きし「ワツ」と叫(さけ)びし音(おと)聞(きこ)ゆるに忍(しの)びずして、其(その) まゝ 邸(やしき)を馳(か)け出(いで)、小舟(こぶね)に打乗(うちのり)て橋下(はしした)に至(いた)り見(み)れば東岸(ひがしのきし)よ り橋杭(はしぐゐ)二間 残(のこ)りて間数(けんすう)十二間、落(おち)いりたり、東(ひがし)の方(かた)は、なだ れて西(にし)の方(かた)は橋板(はしいた)一間 程(ほど)切(き)れたるを見(み)る、  ○八月十九日、深川(ふかがは)富(とみ)ケ岡八幡宮(をかはちまんぐう)の祭(まつり)見(み)る者(もの)、群集(ぐんしふ)おびたゞ し、永代橋(ゑいたいばし)落(をち)て溺死(できし)多(おゝ)しといふ、愛宕下(あたごした)の亭(てい)より帰路(かへりみち)彼処(かしこ) に至(いた)りて之(これ)を見(み)るに破壊(はくわい)の所(ところ)は、東岸(ひがし)より四五間の間(あひだ)の 橋杭(はしぐひ)より窪(くぼ)み落(をち)たり橋(はし)の辺(ほとり)の市店(まちみせ)に入(いり)て、其様子(そのやうす)を問(と)ふ に、一 老夫(らうふ)ありて答(こた)へける様(やう)、今朝(こんてう)四時(よつとき)過(すぎ)る頃(ころ)北新堀(きたしんぼり)の練(ねり) 物(もの)、橋(はし)を渡(わた)り終(をは)るにより、我(わ)が町(ちやう)の練子(ねりこ)どもを渡(わた)さん迚(とて)、橋(はし) に皆(みな)臨(のぞま)んとする時(とき)、落入(をちい)りたり、故(ゆゑ)に南北新堀(なんぼくしんぼり)新川(しんかは)霊岸島(れいがんじま) の者(もの)は、別條(べつでう)なしと」、溺死(できし)の数(かず)を問(とふ)に、けふ船(ふね)にて救(すく)ひと めたる者(もの)男女(なんによ)合(あは)せて百十七人、今日(こんにち)町役人(ちやうやくにん)より書上(かきあげ)たり と」其外(そのほか)退潮(ひきしほ)に連(つ)れ流(なが)れて知(し)れざるもの更(さら)に幾干人(いくばくにん)なる を知(し)らずと」又(また)内々(ない〳〵)市中(しちう)の様子(やうす)を見(み)るに、親子(おやこ)、兄弟(きやうだい)、親族(しんぞく)、朋(ほう) 友(いう)、互(たがひ)にその安否(あんぴ)を問(と)ひ合(あ)ひ誰(たれ)は如何(いかゞ)、彼(かれ)はいかに抔(など)、打語(うちかた) らひて、東西南北(とうざいなんぼく)に奔走(ほんそう)する有様(ありさま)は、実(じつ)に哀(あは)れなる事(こと)なり き ○翌(よく)二十日 町名(ちやうめい)を記(しる)したる紙幡(かみばた)を押立(おしたて)て、地引網(ぢびきあみ)を引(ひ)く船(ふね)、  四十 艘(そう)ばかり見(み)ゆ、東(ひがし)の岸(きし)、提灯(てうちん)建(たて)し所(ところ)には、早桶(はやをけ)数多列(あまたなら)べ たり、其所(そこ)に至(いた)り見(み)れば、年(とし)の頃(ころ)、十四五才とも見(み)ゆる武(ぶ) 士(し)の子(こ)が、侍(さふらひ)に抱(いだ)かれながら死(し)し居(ゐ)たるも有(あり)、縞縮緬(しまちりめん)の衣(い) 服(ふく)を着(つ)けたる婦人(ふじん)の死骸(しがい)、胸(むね)のあたり傷(や)ぶれて、腸(はらわた)の出(いで)た