翻刻
又同日(どうじつ)夜(よ)に入(い)るまで家内(かない)の者(もの)帰(かへ)り無之家(これなきいへ)は、皆〻(みな〳〵)相談(さうだん)仕
り、江戸町〻(えどちやう〳〵)より迎(むかひ)の者(もの)を出(いだ)し《割書:紙幡(かみはた)を作(つく)り何所(どこ)|誰迎ひと書して》各(おの〳〵)同所(どうしよ)へ
詰掛(つめか)け候 者(もの)、更(さら)に幾万人(いくまんにん)といふ数(かず)を知(し)らざる程(ほど)にて、実(じつ)に
江戸市中(えどしちう)の騒(さは)ぎは、譬(たと)ん方(かた)なき景状(ありさま)にて御座候らひき、右(みぎ)
の有様(ありさま)にて、大橋(おほはし)も既(すで)に危(あや)ふきにつき、人留(ひととめ)となり又(また)両国(りやうごく)
にても人(ひと)を計(はか)りて渡(わた)らせ候より深川本所(ふかがはほんじよ)辺(へん)の者(もの)は、深更(しんこう)
に至(いた)りし後(のち)漸(やうや)く家(いへ)に帰(かへ)る者(もの)多(おゝ)しと承り候、
永代橋(ゑいたいばし)向(むかふ)へ假(かり)に葭簀(よしず)を張廻(はりまは)し怪我人(けがにん)を揚(あげ)候て、医師(いしや)を御(お)
掛下(かけくだ)され候 此医者達(このいしたち)は、皆(みな)裸体(はたかてい)にて、腰(こし)に印籠(いんろう)を付(つ)け、真菰(まこも)
藁(わら)などにて、溺死人(できしにん)を温(あたゝ)め候由(そろよし)なり、又(また)入口(いりくち)に泥縄(どろなは)五通(いつとほ)り
張(は)り、見物(けんぶつ)を制(せい)し若(も)し心当(こゝろあた)りある者(もの)有之候(これありそふら)へば、之(これ)を入(い)れ
申候由(まをしそろよし)、
鉦太鼓(かねたいこ)を鳴(な)らし尋(たづ)ね候 者(もの)有之候 処(ところ)、何人(なにびと)か利害(りかい)を申聞(まをしき)け
此騒(このさは)ぎに鳴物(なりもの)を鳴(な)らすは、良(よか)らぬ故(ゆゑ)、只(たゝ)挑灯(てうちん)に合印(あひじるし)を付(つけ)て、
尋(たつ)ぬる方(かた)然(しか)るべしとて、止(とゝ)め候由(そろよし)なり
怪我人(けがにん)小屋(こや)の内(うち)、盗人(ぬすびと)ありて、油断(ゆだん)ならざりしと承り候
廿日 朝(あさ)三百人 余内(ようち)《割書:男二百十八余|女八十余》揚(あが)り、又(また)佃嶋辺(つくだじまへん)に揚(あげ)たる
者(もの)七十 余人(よにん)ありし由
廿六日まで、知(し)れたる溺水人(できしにん)、七百八十人、内(うち)三百四十人、存(ぞん)
命(めい)、四百四十人 死亡(しぼう)、有之候 先(ま)づ取敢(とりあへ)ず云々
これより下に掲(かゝ)げたる所(ところ)の数(す)ケ條(でう)は、諸家(しよか)の手記(しゆき)にし
て各(おの〳〵)大同(だいどう)、小異(せうゐ)する所(ところ)、なきにしもあらすと雖(いへど)も、尚(なほ)参考(さんこう)
の為(ため)此(こゝ)に之(これ)を抜記(ぬきがき)するものなり
○予(よ)当日(とうじつ)君(きみ)に供奉(ぐぶ)して箱崎(はこざき)の邸(やしき)にあり、橋崩(はしくづれ)んとする時(とき)、橋(けう)