翻刻
東京帝国大学図書印【印】
○文化(ぶんくわ)の夢(ゆめ)出版(しゅっぱん)の原因(おこり)
此(この)文(○)化(○)《ルビ:の|○》夢(○)は数年(すねん)以前(いぜん)より種〻(さま〴〵)の穿鑿(せんさく)を以(もっ)て順次(おひ〳〵)其(その)編(へん)を成(な)すに至(いた)り
しが未(いま)だ世人(よのひと)の耳目(じもく)に触(ふ)れざりし事(こと)最(い)と多(おほ)きが故(ゆゑ)に敝店(へいてん)に於(おゐ)て毎月(まいげつ)
五日(いつか)一 冊(さつ)ツヽ 発行(はつかう)すべき「面白叢談寄合話(おもしろさうだんよりあひばなし)」の中(うち)へ挿(さ は)さみて話(はなし)の種(たね)の一(ひと)
談(つ)とも為(な)さんとせしが如何(いかん)せん其事件(そのことがら)多(おほ)く且(かつ)「寄合話(よりあひばなし)」は他(ほか)の奇話妙案(きわめうあん)
種〻雑多(しゆ〴〵ざつた)なるにも抱(かゝ)はらず少(すご)しく長編(ちやうへん)なるものは到底(つまり)一月一会(いちげついツくわい)の雑(ざツ)
集中(しふちう)に入(い)るべきものならず殊更(ことさら)に本書(このほん)の如(ごと)きは最(もツと)も其調査(そのしらべ)頗(すこぶ)る刻苦(くるしみ)
を重(かさ)ねて編次(へんじ)の体裁(ていさい)も亦自然(またをのづから)他書(たしよ)と異(こと)なれば遂(つい)に一 部(ぶ)の書冊(しよさつ)となし
て江湖諸君(よのなかしよくん)の参考(さんかう)に供(きよう)するも一は以(もツ)て当時(そのとき)実際(じツち)の惨状(ありさま)を知(し)らしめ一
は以(もツ)て広(ひろ)く後世(のち〳〵)に伝(つた)へ自他(じた)戒(いまし)めの一 端(たん)とも為(な)さんと欲(ほツ)する而已(のみ)
附言(つけていふ)。本書(このしよ)に漏(も)れし事(こと)ある歟(か)。或(ある)ひは事実(じゝつ)誤(あやま)りし事(こと)あらば。何時(いつ)にても一 報(ぱう)を希(こひねが)ふ
明治十六年八月十三日 東京 萬字堂本店主人謹白
自 序
今(いま)を距(さ)ること七十七年|前(ぜん)。文化(ぶんくわ)四|丁卯(ていほう)の年(とし)。江戸(ゑと)深川(ふかがは)富(とみ)
賀丘八幡宮(がをかはちまんぐう)祭典(さいてん)の日(ひ)に当(あた)り。永代橋(ゑいたいはし)断落(だんらく)して幾万(いくまん)の都(と)
人(じん)。為(た)めに空(むな)しく江魚(こうぎよ)の腹中(ふくちう)に葬(ほうむ)られしと言(い)ふ。当時(たうじ)の
惨状(さんじやう)は。実(じつ)に聞(き)く者(もの)をして今(いま)なほ粟然(りつぜん)たらしむるもの
甚(はなは)だ多(おほ)し。書肆(しよし)萬字堂(まんじだう)主人(しゆじん)。淺井(あさゐ)重光(しげみつ)君(くん)は。曾(かつ)て予(よ)が友(とも)た
り。頃者(このごろ)当時(そのとき)の実況(ありさま)を親(した)しく目撃(もくげき)して筆記(ひつき)せる諸家(しよか)の
秘録(ひろく)。及(をよ)び事実(じじつ)の考証(かうしよう)となる可(べ)き尺牘(てかみ)等(とう)。数通(すつう)を携(たつさ)へ来(きた)
り予(よ)に示(しめ)して之(これ)を一冊(いつさつ)の書(しよ)に編輯(へんしふ)せんことを望(のぞ)む。予(よ)