翻刻
香水曰|溺水人(できすいにん)を救(すくは)んとて猥(みだ)りに、そが傍(かたはら)に近(ちか)つく時(とき)は仮(たと)
令大勢(へおほぜい)ならずとも、そが五|体(たい)に取付(とりつ)かれて空(むな)しく共(とも)に溺(おぼ)
るゝ|事間(ことまゝ)ある者(もの)なり、故(ゆゑ)に之(これ)を救(すくは)んとするには、先(ま)づ後背(うしろ)
より抱(いだ)き揚(あ)ぐ可(べ)きなり彼(か)の大井川等(おほゐがはとう)にて川越共(かはごしども)の過(あやま)ち
て人を水(みつ)へ落(をと)せし時抔(ときなど)、決(けツ)して猥(みだ)りに近付(ちかづ)く事(こと)なく只流(たゝなか)
れたる人(ひと)に添(そ)ふて、側(かたは)らより、そが面(かほ)に水(みづ)をはじきかけ、稍(やゝ)
疲(つか)れて力衰(ちからをとお)へたる時(とき)、之(これ)を引上(ひきあげ)るといふ
○悪徒怒(わるものいかり)の為(た)めに身(み)を亡(ほおぼ)す
塩町(しほちやう)に住(す)める與一(よいち)といへる者(もの)、此日二人(このひふたり)の子供(こども)を連(つ)れて、其(その)
身(み)は祭(まつ)りの警護練(けいごねり)に出(いで)たりしが、初(はじ)め深川(ふかがは)の方(かた)に渡(わた)りたる
練物(ねりもの)の余(あま)り同所(どうしよ)に滞留(たいりう)するを怒(いか)り己(おの)れ等親子(らおやこ)三人|連(つ)れ立(たち)
帰(かへ)らんとしける時(とき)、恰(てう)ど橋落(はしを)ちて三人|共(とも)に入水(じゆすい)して死(し)しぬ、
元来此與一(ぐわんらいこのよいち)といへる男(おとこ)は善(よ)からぬ者(もの)にて、曽(かつ)て人(ひと)の盗(ぬす)みた
る黒鉄(くろがね)を買込(かひこ)み調(しら)べられし時(とき)、牛房(ごぼう)と心得(こゝろゑ)て買入(かひい)れました
抔(など)と申立(まをしたて)し事(こと)ある程(ほど)の悪徒(あくと)なりしと、善(○)《ルビ:ら|○》《ルビ:ぬ|○》者(○)《ルビ:が|○》身(○)《ルビ:の|○》成(○)《ルビ:る|○》
果(○)《ルビ:は|○》斯(○)《ルビ:く|○》《ルビ:こ|○》《ルビ:そ|○》有(○)《ルビ:り|○》《ルビ:ぬ|○》《ルビ:べ|○》《ルビ:き|○》事(○)《ルビ:な|○》《ルビ:り|○》(霊岸島町の住吾友軒の記
録)
○即智(そくぢ)の稲妻(いなづま)
橋崩(はしくづ)れ落(をち)し時大勢(ときおほぜい)の人押(ひとおし)かゝりて恰(さなか)ら将棋倒(しやうぎたほ)し
の如(ごと)く片(かた)はしより水中(すいちう)に陥(をちい)る勢(いきほ)ひ、中々(なか〳〵)堪(たま)るべき事(こと)ならず
此時(このとき)一人の武士(ぶし)、刀(かたな)を抜(ぬい)て高(たか)く上(うへ)へ囚(ひら)【閃か】めかしければ、是(これ)を見(み)
て跡(あと)より押(おし)かくる者稍退(ものやゝの)きける、其隙(そのひ□)に乗(じよう)じて漸(やうや)くに支(さゝ)え
止(と)めたる事(こと)なりし(西川某の記録)
香水|曰松本(いふまつもと)某が記中(きちう)にも亦此事(またこのこと)を載(の)するあり、然(しか)れども