翻刻
曾(かつ)て聞(き)く是(これ)より廿八九|町距(ちやうさり)て西北(さいほく)の方(かた)に
元湯(もとゆ)と云(い)ふ所(ところ)あり矢張(やはり)湯元(ゆもと)塩原(しほばら)の部内(ふない)に
属(ぞく)す此處(こゝ)は塩原(しほばら)山中(さんちゆう)にても最初(さいしょ)に温泉(おんせん)の
開(ひら)けたる所(ところ)にして昔(むかし)は家数(やかず)八十|余戸(よこ)浴槽(ゆふね)
七坪(なヽつぼ)ありしか万治(まんじ)二|年(ねん)の大地震(たいぢしん)に遭遇(そうぐう)し
家屋(かおく)潰(つぶ)れ温泉(おんせん)涸(かれ)て居住(きょじゆう)成難(なりかた)く各々(おの〱)|一家(いつか)を
纏(まと)め門前(もんせん)古町(ふるまち)或(あるひ)は畑下戸(はたをり)塩竈等(しほかまとう)へ引移(ひきうつ)り
只(たヽ)八|戸(こ)のみ殘(のこ)りて今(いま)の浴室(よくしつ)を開(ひら)きし故(ゆゑ)に
新湯(あらゆ)と唱(とな)へけるとぞ當所(とうしょ)の温泉社(おんせんしゃ)は則(すなはち)元(もと)
湯(ゆ)より移(うつ)したる者(もの)にて神躰(しんたい)は正観音(しやうくわんのん)なり
其(その)厨(ず)子の中(うち)に安元(あんげん)元年(くわんねん)の銘(めい)あり今(いま)を距(さ)る
こと殆(ほとん)と七百年(しちひやくねん)に及(およ)べり以(もつ)て此地(このち)開闢(かいびやく)の
遠(とを)きを證(しやう)すべし是(これ)にて荒々(あら〳〵)書(かき)終(をわ)りたれど
一二の名瀑(めいばく)あれば序(ついて)に筆(ふて)を染(そめ)ぬ塩湯(しほのゆ)より
鹿俣川(かのまたかは)を廿四五|町(ちやう)遡(さかのぼ)れは飛泉(ひせん)並(なら)ひ懸(かヽ)るを
一番瀧(いちばんたき)と称(しやう)す左(ひたり)にある者(もの)は雄奔(いうほん)猛飛(まうひ)勢(いきほ)ひ