翻刻
湯本(ゆもと)塩原(しほはら)の八箇所(はつかしよ)なり此(この)咽喉(ゐんかう)の処(ところ)を関谷(せきや)と
云(い)ふ塩原(しほばら)境(さかへ)大網(おほあみ)迄(まて)一里(いちり)半(はん)許(ばか)り道路(どうろ)平坦(へいたん)湾曲(わんきよく)
して山腰(きんより?)を旋(めく)る道(みち)に垂(た)るゝ懸岩(けんがん)は削(けつ)りて建(けん)
屏(べう)の如(ごと)く岸(きし)に臨(のそ)む盤石(ばんじやく)は畳(たゝ)みて防塁(はうるい)に似(に)た
り足下(そくか)の谿水(けいすゐ)は岩石(がんせき)を穿(うが)ちて山岳(さんがく)を動(うこ)かし
頭上(とうしやう)の峰巒(はうらん)は虚空(こくう)に聳(そび)えて雲霧(うんむ)を起(をこ)す沿道(えんどう)
橋(はし)あれば必(かならす)滝(たき)あり滝(たき)あれば必(かならす)風致(ふうち)あり其(その)数(かず)
十(じう)を以(もつ)て算(かざ)ふ就中(なかんづく)見返滝(みかへりのたき)と云(い)へるあり滝(たき)に
架(か)する橋(はし)も見返橋(みかへりはし)と唱(とな)ふ此(この)滝(たき)は深山叢樹(しんざんさうじゆ)の
中(うち)より流(なか)れ来(きた)り橋下(きやうか)を過(すき)て迸(ほとはし)り飛事(とぶこと)三十余(よ)
丈(じやう)実(まこと)に壮観(さうくわん)と云ふべし之(これ)に次(つく)者(もの)を猿沢滝(さるさはのたき)と
なす高(たか)さ十 丈(じやう)余(あま)り直流(ちよくりう)又 屈曲(くつきよく)水(みつ)細(ほそ)しと雖(いへと)も
或(あるひ)は玉(たま)を垂(た)るゝか如(こと)く或(あるひ)は糸(いと)を懸(かく)るに似(に)て
風姿(ふうし)愛(あい)すべし都(すべ)て此(この)辺(へん)は瀑布(ばくふ)の観(くわん)あるのみ
ならす奇景(きけい)幽勝(いうしやう)所(ところ)として有(あら)ざるなく思(おも)はす
歩(あゆみ)を進(すゝ)めて大網(おほあみ)に至(いた)る