翻刻
全身創を蒙らけるは軽しそか中に御堂山門のみ依然として
立てるはさすかに仏力の加護也と浮屠輩のほこり願なるも
予ハ信をす衆生済度の本願目前の苦を救ふ事あたはす
御時に千万の人命を促しはつかに一宇の堂をおしむまた何の
心そや善光寺を去事三里計り小市の渡しありまた二三里
をのほりて名たゝる久米路の橋をわたす此あひたすへて
両辺翠屏層したる中に虚空蔵岩倉の両山飛んて
河水に陥り激流を絶つて下流に一滴をもらさす湖水の
ことく積水漸々に山中拾参ヶ村を浸す山中ハ松代矦の
【参=三:異体字の叅を使用ヵ】
領地也国矦困民を恵む事厚しされとも天変の災人力
の給ふ所ならす地理をはかるに漸々余災松本に至らん事を
怖れ松本矦もまた厳にその備へありとそ此下流をうくる
人民も此積水不時にをし参らハ防くに術なからん事を怖れ
家々戸々貴賤を選ハす山手の方へ遁れ行く国矦も妻女山に
野陣を張つて不時の難を避んと構らる矦また往来の旅人
を危ふみ吏を出して厳に是をとめしむ矦長臣に命して
不時の激水を防くに残間なる所を見積り百千の人夫をもて
数丈の土手を築くまた炮火台を所々において積水不時の
変動を遠近に伝へんと構ふかくて数日を経れとも成り湛
ゆるハかんにおふ犀川の激流拒むハ虚空蔵岩倉の巖岳なり