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雑賃(ざつかい)を點検(てんけん)するに永楽/通宝(つうほう)の銅銭(どうせん)数万貫
ありこれによつて京都将軍/義満(よしみつ)入道に是を訴(うつた)ふ
唐船(とうせん)関東(くわんとう)へ着岸(ちやくがん)する上は管領の徳分(とくぶん)たるへし
とてこと〳〵く其銭をたまはりけると也是より関東(くわんとう)に
永楽銭/通用(つうよう)する事年ひさし其のち天文(てんぶん)のころ
永らく銭に鐚銭(びたせに)を取まじへ同し価(あたい)に交易(こうゑき)せしに
よつて商賈(しやうこ)のともがら鐚銭をにくみ闘浄(とうじやう)喧(かまひす)し
しかるに北(ほう)條(でう)氏(うじ)康(やす)の家臣(かしん)山角/信濃(しなの)守(かみ)定信(さたのぶ)笠原(かさはら)
越前守康(ゑちせんのかみもりやす)に 仰(おほ)せて自今(じこん)関東にては永楽銭を
もちひて他(た)の銭をまじへ行(おこな)ふべからずとて庄郷(しやうがう)村里(そんり)へ
下知せられしよりいつとなく鐚は廃(はい)し都へのみ登(のぼ)りて
永楽ばかり関東にとゞまる当時鐚を京銭とも
のぼり銭ともいへり天正のすゑ北條家おとろへて
豊臣家(とよとみけ)の時他銭とまじへ通行すといへとも他銭四文
を以て永楽一文にあつる当時金小判/出来(いでき)て永楽
一貫に小判一両を換(かゆ)る事/常例(つゆんれい)とすとなり永楽を
小判にかゆる時は永百文に一文つゝ省(はぶ)きて口銭(かうせん)と名づく
鐚百文にこれをうつし永一文の價(あたい)四文を省き鐚
九十六文をもつて通用すこれ九六百の始(はじめ)といへり
しるに永楽に贋銭(にせぜに)出て真偽(しんぎ)みだるゝによつて