翻刻
紛者(まきれもの)のなき為(ため)にとて其村〻(そのむら〳〵)の名主役人(なぬしやくにん)より
其買人(そのかいて)の家内(かない)の人数(にんず)を糺(たゞ)し分(ぶん)に応(おゝ)じ升数(ますかず)を書(かき)
付(つけ)て切手(きつて)に認(したゝ)め夫を證拠(せうこ)として買取(かいとる)べしとの
御|下知(げし)也されは其切手を穀屋共見届(こくやどもみとゞけ)し上にて
穀物(こくもつ)を売(うり)あたへる作法(さほう)となれり夫(それ)も買人壱人分(かいていちにんぶん)に
つき銭高(ぜにたか)三百匁を限(かぎ)りとすべしとの御定成(おんさためなり)しかは
金銭(きんせん)を多(おゝ)く持(もち)たりし者(もの)たり共此|節(せつ)の穀物(こくもつ)を多分(たぶん)
に手取事(てどること)はならすかく有(あり)しかば買手共村役人(かいてともむらやくにん)の
切手を以て穀屋(こくや)〳〵に群集(くんじゆ)して毎日(まいにち)〳〵|市(いち)の
ごとし其中(そのなか)には家内(かない)の年寄子供(としよりこども)または病人抔(びやうにんなと)の
難義(なんぎ)を告(つげ)さま〳〵|悲(かな)しみをいひ立(たて)る其あり様(さま)の
いたわしさ哀(あわ)れに堪(たへ)ざりしと聞(きこへ)えし此時穀物(このときこくもつ)
の直段自国他国等聞及(ねだんじこくたこくとうきゝおよび)しを有増左(あらましさ)に記(しる)せり
金壱分ニ付 奥州三春仙臺 米弐升八合
南部津軽
同 會津出羽邦米津 同四升八合
同 水戸御領馬頭あたり是は 同四升五合
野州那須郡之内武茂の郷也