翻刻
を奪(うば)ひしかは往来(わうらい)の妨(さまたけ)となれり太平無事(たいへいぶじ)の
世(よ)の中もかやうふにみたりかわしくなり無法非道(むほうひどう)の
人情(にんぜう)と変(かわ)り言語(ごんご)にたへしる共は何故(なにゆへ)ぞやこれ
飢饉(きゝん)の災(わざはい)のなす所也されはこそ恒(つね)の産(さん)なきは
則恒(すなはちつね)の心なしといひ又小人|窮(きう)すれは斯(こゝ)に鑑(かん)すとは
聖賢(せいけん)の至言実(じけんじつ)に難有示(ありかたきしめ)しと知るへし
前(まへ)にあけし享保(きやうほ)十七年壬子|西国(さいこく)すへて大|飢饉(きゝん)
《割書:ウンカ也此事を年代記ニ|西国稲虫ツキ大キヽントアリ》此時(このとき)も路傍(どうろ)に行斃(ゆきたおれて)て饑死(がつし)せし
者夥(ものおびたゝ)しく有(あり)と也其中にある旅(たび)人の衣類身(いるいみ)の
廻(まは)り腰(こし)のものに至まて美〻敷(びゝしく)なみ〳〵ならぬ男の
死骸有(しがいあり)ける故其所(ゆへそのところ)の者見届(ものみとゞけ)けれは金百両(きんひやくりやう)を首(くび)
にかけ在(あり)しとなり此者金銀(このものきんぎん)の貯(たくは)へ有(あり)ける故他国(ゆへたこく)へ
米穀(べいこく)を求(もとめ)んとて旅(たび)に出しと見へたりされとも旅(りよ)
中(ちう)にうえをしのくべき終而一飯(ついにいつはん)を得(へ)る事あたはす
してかく餓(うへ)えて死(し)せしと察(さつ)せられたれは誠(まこと)に残念(ざんねん)
なる事也|百金(ひやくきん)を身(み)に添(そへ)し人たに餓死(がつし)をまぬかれ