翻刻
さりし有様(ありさま)かくの如し況(いわん)や貧(ひん)なる者(もの)の餓死(がつし)
せしはなをすみやかならんと思(おも)ひやられて哀(あわれ)なり
是(これ)は伊豫(いよ)の国(くに)松山の産(さん)にて正山(せうざん)と言(いゝ)し老僧(ろうそう)か
直(ぢき)に見聞(みきゝ)しと有(あり)し物語(ものがた)りを我若(われわか)き時聞置事(とききゝおきこと)也
然(しか)るを今(いま)の世(よ)の人〻は金銭(きんせん)のみを重(おもし)とし食物(しよくもつ)を
軽(かろ)しとし米穀(べいこく)は年毎(としごと)に生(せう)じて慥(たしか)に実(み)のる物(もの)の
やうに心得凶年不作有事(こゝろへきようねんふさくあること)をはからすして大切(たいせつ)なる
農業(のうぎやう)を怠(おこた)りおろそかにするもの多(おゝ)し恐(おそ)るべし〳〵
書物(しよもつ)の義理(ぎり)を弁(はきま)へのれる程(ほど)の才覚(さいかく)有ん者(もの)ねかわく
は農業全書一部(のうきやうぜんしよいちぶ)を求得(もとめへ)て読(よみ)たき事(こと)也|是(これ)は農人(のうにん)の
為(ため)にあらはせし書(しよ)なれば也|宮崎安貞翁(みやざきあんていおう)か四十|年来(ねんらい)
心を費(ついや)し力(ちから)を労(ろう)せし深切(しんせつ)なる志(こゝろざし)を尚ふへきを知り
及ひ貝原翁(かいはらおう)か同意(どうい)をもつて此書(このしよ)の末(すへ)に附録(つけろく)せし
旨(むね)を見(み)て米(こめ)と麦(むぎ)との作徳(さくとく)たるその證拠(せうこ)ある事
共を知(し)りて不心得(ふこゝろへ)なる者(もの)へ読(よみ)て聞(きか)せたき事也
如是(このごとく)人を諭(さと)し示(しめ)すの志(こゝろざし)あらは善(ぜん)を行(をこな)ふの至(いた)りと