翻刻
一信州堀野真楽寺むかしより浅間山の別当なり
一上州鎌原延命寺是も別当なりし処宝永の中
別当の争ひありしが上州信州両国の境山なる故
双方ニ而別当いたし浅間大明神の配||帙(シユツ)ハ右両寺ゟ是ヲ出ス
一信州浅間山ゟ西南の麓ニ普習公寺といふ有是ハ別当
ニは無之先年焼出五百余人の流死其外此寺の真海和尚
の出生ハ岩村在の人也しか母流死又諸人のせかきせし
となり其時も七月八日九ツ時にて仍之今に至り此寺ニ
おいて七月八日大施餓鬼なり
浅間山岸吾妻郡川附村々
一大笹村 少々荒 一大前村 原田御支配
原田清右衛門御支配 流失家百軒
人三十四人馬八疋
一鎌原村 流死四百八十四人 一西久保村 流死家廿壱軒
同 人四十弐人
同御支配
一小宮村 古田知行所 一小世村 流死三十三人
流失家不残 古田知行所
人四十五人死
林中に廿壱人残
一芦生田 流失廿三人家 一袋倉 拾壱人
不残 古田五郎左衛門知行所
古田五郎左衛門知行