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コレクション: 越葵文庫

家譜 五十六 宗矩公 寛延二年 - 翻刻

家譜 五十六 宗矩公 寛延二年 - ページ 26

ページ: 26

翻刻

       相見ヘ候而も其通り之事ニ 思召候申迄も無く        其品ニ者可依儀ニ候午日目立不申所之細々事共        能々可被申談候候  一 七月十二日一橋刑部卿 様之御簾中様御逝去ニ付    於義丸様御遠慮之儀御用番松平右近将監《割書:武|元》殿江為    御届御使者御留守居加藤長右ェ門《割書:正|敏》を以左之通御書付被指出之        刑部卿殿御簾中今十二日逝去ニ付同姓於義丸        実母ニ而御座候併七歳未満故忌服者無御座候        依之今十二日ゟ九月二日迄致遠慮候此段御届        申候以上          七月十二日     松平兵部大輔  一 同月十六日右同断ニ付    於義丸様江 上使御奏者番井上遠江守《割書:正|敦》殿を以 御守有之  一 同月廿二日 上使御使番山口勘兵衛 殿を以御鷹之雲雀    御拝領《割書:上使以取扱|如例》右為御礼両 御丸江御登   城夫よ里    御老中 御廻勤          

現代語訳

その通りのことと思し召し候。申すまでもなく、その品によるべき儀に候。日頃目立たない所の細々とした事共、よくよく申し談ずべく候。 一 七月十二日、一橋刑部卿様の御簾中様が御逝去になったため、於義丸様の御遠慮の儀について、御用番松平右近将監武元殿へ御届けのため、御使者として御留守居加藤長右衛門正敏を以て、左の通り御書付を指し出された。 刑部卿殿の御簾中が今十二日に逝去したため、同姓の於義丸の実母でございます。併せて七歳未満故、忌服はございません。これにより今十二日より九月二日まで遠慮いたします。この段御届け申し上げます。以上 七月十二日  松平兵部大輔 一 同月十六日、右同断により於義丸様へ上使として御奏者番井上遠江守正敦殿を以てお見舞いがあった。 一 同月二十二日、上使として御使番山口勘兵衛殿を以て御鷹の雲雀を御拝領された。右の御礼のため両御丸へ御登城し、その後御老中へ御廻勤された。