翻刻
大津浦と申山の端へ船自然と居り追々汐干落候にまかせ
船を出し申候処三里斗堤を越御切戸ゟ船を出し居偶の
事無心元急き帰り申処大風波立にて渡海整かたく当浦に
一両日滞留山已家二而一所に暮し候て彼是承り沖島の気遣と
高知との気遣唯々顔を見合不安事を只々繰返し申候尤
日ならす帰帆に相成申候其後相聞へ申は波浦存外の事二而
別而家数傷み不申由何分此度之震は山を像り申土地壱番
丈夫二相見申候船は大分傷申趣其中泊船大変の時大巌
窟に五艘ならひ汐待いたし居候場合ソリヤといふ間もなく巌
崩れ落外口の船は乗出し中の船は其隙なく飛込游き一
艘は奥に居候ゟ戸口の船に支られ何の術もなく大岩に打れ
船人共六人ミチン即死有また責ての事と咄承り申候
一小間目は四日に汐高く遥岡に積有之候薪など押流し大に
相騒之由同五日同刻御用家は勿論不残流失其の中丈夫なる家は
柱斗立二三軒残り申候由流死は二人当浦ゟ参り居候者
酒宴なと致し居候場合立出る間もなく汐溢込家の棟に
乗り汐に任せ流候処大木之松の枝に取付て落候而見合之処
五六間上に上り居候而命は助罷帰り申候
一安満地は座上へ汐上る事二三尺流家死人は無之石垣崩れ候
位の事と承り申候
一小尽は七ヶ浦大破役所軒漬り流失には不相成御米蔵も同断
御米漂申候芳蔵も無事にて立のき荷物は残らず汐に漬り
迷惑千万七ヶ浦過半流失湊と申浦家数七八軒程有之
浦中掃除したることく何も無之浦中にて残りし物は