翻刻
長者は松岡の城地に屋敷ありしか長者一世の間は裏の地より泉
出るとなり今館の内に其池あり帰雁記 古記云弘法大師一刀
三礼の作仏当不執行の節霊夢により宿の主に与へらる一向の
一揆の時失はん事を恐れて川のほとりに埋み隠すとなり堂の
後に清泉あり一点の塵なし《割書:同注考|》素良按するにまた一説母
岡浮檀金如意輪観音御長一寸八分昔室の長者の守り本尊な
りし由明暦の頃草苅の童今の如意輪橋の辺より取上奉
りしを安置す 昌勝公聞し召れ延宝四年十一月一宇御建
浄土宗
立あるともいへり
《割書:松雲山》
《割書:松雲山|舎卿寺》 摂取院
七面堂 棚町の山上に在
引移し其跡に纔の禿祠残れり
又七面明神あり其古をしらす帰帰記 此七面望今福井城の橋江
右之外深済宗円成寺法華宗泰遠寺は福井木田一引福同宗
宗円寺は同寺町へ引移弁方天三十三所観音福前庵は春日別当
吉詳院へ引取其跡に弁ての禿祠残れり
御舘跡
四方封彊の形残れり慶安の末此御舘地御築立の節山伏体の修行
者通り懸りに見て結構に御築立の事になさりなから東南に山を
おひ西北に河をかゝへ陽を閉て陰開る地面なり百年の昌栄覚
束なしと独古とに云けるを夫役のもの共聞つけて奉行へ