觀音堂

コレクション: 昌勝

越前国名蹟考 巻之七(地誌) - 翻刻

越前国名蹟考 巻之七(地誌) - ページ 56

ページ: 56

翻刻

長者は松岡の城地に屋敷ありしか長者一世の間は裏の地より泉 出るとなり今館の内に其池あり帰雁記 古記云弘法大師一刀 三礼の作仏当不執行の節霊夢により宿の主に与へらる一向の 一揆の時失はん事を恐れて川のほとりに埋み隠すとなり堂の 後に清泉あり一点の塵なし《割書:同注考|》素良按するにまた一説母 岡浮檀金如意輪観音御長一寸八分昔室の長者の守り本尊な りし由明暦の頃草苅の童今の如意輪橋の辺より取上奉 りしを安置す 昌勝公聞し召れ延宝四年十一月一宇御建 浄土宗 立あるともいへり 《割書:松雲山》 《割書:松雲山|舎卿寺》 摂取院 七面堂 棚町の山上に在 引移し其跡に纔の禿祠残れり 又七面明神あり其古をしらす帰帰記 此七面望今福井城の橋江 右之外深済宗円成寺法華宗泰遠寺は福井木田一引福同宗 宗円寺は同寺町へ引移弁方天三十三所観音福前庵は春日別当 吉詳院へ引取其跡に弁ての禿祠残れり 御舘跡 四方封彊の形残れり慶安の末此御舘地御築立の節山伏体の修行 者通り懸りに見て結構に御築立の事になさりなから東南に山を おひ西北に河をかゝへ陽を閉て陰開る地面なり百年の昌栄覚 束なしと独古とに云けるを夫役のもの共聞つけて奉行へ