翻刻
然るに凡半時斗にしてまたゆり返しの来る事初にくらふれハやゝゆるしそれゟ時
々刻々に震ふ事数をしらす因て思ふに江都の地震さしも猛烈なりといへとも駿府の
地震を十分とする時は七歩はかりにや当りぬらんいと怖しき事也と語りき
鼠土中より多く生する條
見聞録
一安政ニ乙卯四月初旬石州一円地より鼠を生すその数幾千万といふをしらす農民の打殺す
者を聚めて三十五万七千余しかれともその鼠減したりといふを見す畠に入て麦を喰
大豆小豆の蔓を喰荒す然るに翌五月に至何方ともなく数千の鼬来てこの鼠を逐ふ故に
大半を滅すと云但この鼬何れより来るといふをしらす土人の曰海中より忽然として出たりと
なんかゝる奇談も世に稀也土人のいはく去年甲寅国中に竹の実を生する事許多也農家
五万余石を得て食用となしたりしか思ふにこの鼠ハ竹実の土中に埋れしか化したる也其証ハ
鼠の頭に竹実の殻を頂くものあり土中を出て動くに随ひその殻自ら落るとそ
淑明云石州怪鼠御届書異国船筆記之中二記せり併見るへし
又云竹に実を結事ハ去し文政中 州碓井峠の辺ニ而竹に実を結ふ事夥し
農民是を採り挽き粉とし喰ふ小麦の粉に似たりと聞及へり我常州にても竹に
実を結ふ事ハ常々ある事なれとも多からぬ物也但し竹にハあらす篠に結ふ也
形ハ全く大変に似たる物也鼠に化する事ハ聞及はす
見聞誌
一深川富士見橋に二の組鳶人足善五郎と言者あり右地震にて其家潰れしか妻子をハ救出し
けるに倖に怪我もなし然るに隣に物音高く聞しかは鳶を持急かけ行見るに正に小笠原
左京殿下屋敷玄関を残し館中残なく崩潰其中に泣叫声切に聞へしかは力に任せ
大木板瓦等をはね除侍女九人を救出し猶又散乱の中より女十弐人を出しけるに老
女かいふ様速く妙月院殿《割書:城主の|御母公》を救くれよと云善五郎心得て急き潰家の中へくゝり入漸尼
公を尋求救出し侍女にかしつかせ玄関に安座し参らる夫ゟ茶の間其外三ケ所の
火を消し又十一人を救出す但し此中五人即死也此時御上屋敷ゟはや馬到来し御恙なき