翻刻
破損家 三百三軒 物置破損 十三軒
寺同 拾壱ケ寺 堂門 壱ケ所
小舩破損 拾弐艘 流失家 壱軒
吹倒板屋 弐棟 同破損 壱棟
制札吹倒壱ケ所 御林風折 百三十弐本
百姓山風折 七千百五十八本 寺社山同 七百三十本
怪我人五人 圧死壱人
嘉永七年寅六月《割書:即安政|元年》東海道筋大地震一条
家兄遊仙君筆記之面此所へ追記
嘉永七年寅六月十四日夜丑上刻より大地震伊勢近江美濃尾張
四ケ国大地震之次第勢州桑名四日市追分石薬師庄野亀山関
坂下此辺大変山崩れ水湧出其外神社仏閣町家不残ゆり崩れ其上
出火ほのほ炎〻として燃上り恰も天を焦すことく人〻逃所に迷ひ
親は子を失へ子は親とはなれ泣叫ひ聞く人身の毛もよたつ有様也
ここに於て怪我人死人幾万人とも其数しれす其外牛馬の死たること
筆にも記しかたし且又江州路は土山を始としていかけ宿日の
石(いし)原岡本八日市愛ち川彦根此辺大あれ北は美濃路大垣垂井