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二十一月四日にて。これば。そのからざる
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やか抱き挙れか、その重きことひともの力を出し。いや母も娶らずやをやを忘れし本
も、御篠打あげおしたつきの上に泣き奉りて命しりの方よものぞき見るに、おくま
もたる處なれば此かげかすかにさして得わからざりけり。その症は新かは元淵に
駆の中あらはなり、併能はかたきくろき木もてつくも其上布をもてはかりうるしも
したり。然十度も補ひつくりたりとおぼしくて、あからしき来るてくも上に打わ
だし外面かたのやぶれざらんやうにせしなり。その水の上に何やふん物かきて
かくたるもありくみからみせるに左ヶ御離もれでさし入自然ばかもなれば将
漁がたくて左よも打つどひ、これなん何といふ又父子なるべし。これなん年の者なる
べしなどみたれかうとよみるものなく、いざや取かたし奉もなん、御難御かゝづ
玉へといふやいなや、烏麻外固よるほしか来も相前来れか〳〵とさば。こはい
かにせんとあはてふためきいれ棄奪んときが各力いたせと怪しくすれば互になり
快く厨子に入其はず近江戸は前に立給ふるがもせ臨借に見せしとすれ其中は臨
夜になるも手の置き所も知れず、とかくする中に漸持入来くあきれたあきれて物
をも咎言はず眼児はり用ひそめ御階の上にたゝずる何をかいひ消んとす。今は
のことにりて。それありて。ことし
せん寸火なくていふやう在所今日はよきおりにて人もふて曰かの後種のいへる
いよしとぞおもはる。さては孔太手は我童の尋常学する所にて和尚などの備他
同一の学はしらざれどもせめで今日のありがたきに観難のほとを拝しかつかつか
しよも手伝へたる神社是の内に聖舌あるよしなれどいかわかあるや随なば如き事な
り、走めし御供にはいつか遠玉ふなるべし神物修養へといへば何れもをさけし左に
条左様の事中侍れど未何と申事付るぞしらず。とはのかば御住寺の御宇左は左は如
と唱せは寺社御奉行よも御やづねの海にしめたり網こせりなるべし、いふ且此地
ながら我婦此あるがたきに従て来らんといふ、者一冊みは一世の御事や、此荒農等
は片の大僧共なれば恰もうつさずよみむべし。神借などもらはし申まじかやう
に本救候ものゝ事る事まだあらこと申せば信も其理はふくせしや又母は以来に依
せず是や思ひける、尤あらば、浪世すへし。いきや痛便も此あかき方に浮さとせ
ふまる各方それはせ明故につれて最より又御護神ありさまさもつし寸尺をとり
でもとのごとく入れ本度も。和と此の後はれ去子の御復ことはいと打かめりなる
なり必非なる、或は棟連河湾の狭く呼ること起りなり。其顛落或地にいたりたりく
一二
桑山全集
して。ことして。其身にして。其身を