翻刻
なす者(もの)もなく次第(したい)〳〵に水(ミづ)まして水底(みなそこ)にしつむもの多(おほ)し
此外(このほか)種〻(くさくさ)あはれの有(あり)さま四方(よも)に響(ひゞ)ける喚(さけび)の声〻(こえこえ)見聞(ミきく)
に心(こころ)も消(きえ)て語(ことバ)にも尽(つく)しがたし筆(ふで)にも及(およ)びがたしかゝる
中(なか)にも御堂(ミだう)に篭(こも)れる人〻(ひとひと)ハ聊(いささか)の怪我(けが)も元(もと)より火(くわ)
災(なん)もあらざれハ全(まつたく)御仏の助(たすけ)なりあら有(あり)がたや南無阿(なむあ)
弥陀仏(ミたふつ)あら尊(たふと)や弥陀仏(みだぶつ)と唱(とな)ふるに忽(たちまち)夢(ゆめ)ハ覚(さめ)に
けり時(とき)に三月廿四日の夜(よ)にてにして已(すで)に暁(あかつき)廿五にぞありける
現代語訳
(水の中で)どうすることもできず、次第に水かさが増して、水底に沈むものが多かった。
このほか、さまざまな哀れな有様や、四方に響き渡る叫び声々を見聞きするにつけ、心も消え入るようで、言葉にも尽くしがたく、筆にも及びがたい。そのような中にも、御堂に籠もっていた人々は、わずかの怪我もなく、もとより火災の難もなかったので、これはまったく御仏のお助けに違いない。「ああ、ありがたや、南無阿弥陀仏、ああ、尊いや、弥陀仏」と唱える声々の中に、たちまち夢は覚めにけり。時に三月二十四日の夜にして、すでに暁(あかつき)、二十五日のことであった。