翻刻
【右丁】【表紙裏】
【貼り紙】
外ニナシ
百性源兵衛見聞■【逐ヵ】書【朱書き】
【左丁】
嘉永四亥年花月迄綴 長野県北安曇郡大町字大原町
滝沢重吉 所有
弘化四丁未年三月廿四日の夜四ッ時大地震にて
松代御領分岩倉山并に孫瀬と云所抜ヶ落岩倉
山之絶頭に虚空蔵堂壱軒山之八分目迄御落
堂上に松の木三本押掛り花倉え突埋し有様
は川成りに八丁程巾百三十間程真つ切り高サ七拾弐間
程又岩倉の北のひら親木古宿といふ場所安庭裏
山を押廻し下長井といふ所え抜ヶ落土手之高サ山
づきなせに一丁程巾二丁程川成りに十間程川下にて二重
に留切扨又土尻川奥にて山抜ヶ突埋池になり依之
丹波嶋え水露程も不行此時善光寺御開張#1