翻刻
ま抔ハ必す怪我人即死少しとハおもわれさる也そのゆへいか
にといふに大藩家人のこときハ多く二階長屋の住居にてかゝ
る時にもとく立のかるゝに便りならす殊に長屋も建重りて
余地少なけれハ先ハあやまち勝なりまひて奥向つかへの
婦女に至りてハ錠口しまりといふもの有てわたくしに出
入ならねハむさんに圧死し又焼死も多かるへし然れハかゝ
る異変に出あひてハ横死怪我人町人よりも倍すへきなら
ん町方横死人の数ハさる掛りの者より書出しの写しを
借得し儘後語の為として左に載ぬ
安政二年卯十月夜四ッ時頃大地震にて横死致し候
もの人数書
東の方 田新町壱人 本船町壱人 高砂町十七人
簪屋町三人 長谷川町四人 田所町三人 江戸橋蔵屋敷
壱人 新乗物町壱人 元乗物町壱人 新大坂町壱人
若松町壱人 小網町二丁目三人 小網丁三丁目壱人 小網町
一丁目横町壱人 南新堀町二丁目壱人 霊岸嶋銀町一丁目五人
同二丁目弐人 霊岸嶋町壱人 瀬戸物町四人 本小田原町一丁目
壱人 甚左衛門町壱人 北嶋町三人 亀嶋町三人 堀江町
一丁目弐人 同三丁目弐人 堀江六軒町壱人 深川黒江町十七人
同大嶋町十九人 同平野町七人 同一筆町九人 同平野町十人