翻刻
山の宿の方へゆくに此辺も大低地を拂て焼失したゝ花川戸
山の宿聖天町の大川によれる方のミわづかに焼残りしかと夫も
多くハ倒れ掛りて長丸太もてさゝへ置たり此辺ハ本所深川
とひとしく強きゆり也と云されと浅草寺観音堂中堂雷門
矢大臣門五重塔未社等ハさせる破損なし又並木町より天
王橋際迄も破損ハ少なれども諏訪町駒形二丁目ハ出火し
て多く焼たり《割書:天王橋を過き下谷七曲りより筋違外|辺迄の事ハ前記にのせたれハ贅せす》抑こたひの地
震ハ江戸御城地を成し以来きゝもおよはぬ大ゆりにて御三
家方を始め大名衆御旗本御家人陪臣百姓町人の未々迄も
此災をのかるゝ者いと少しとかやよて己老ほれの身のよし
なき事とハ知りなからそのあらましを見も聞もしして
拙きふんてにかひしるしてんとおもふものからまつこゝろ
のまに〳〵東西南北と巡視せしか行先々目驚く事しは〳〵
なりそか中に特に哀れむへきハ深川本所及ひ下谷金杉
三の輪より新吉原町田町芝居町辺なりされと己ひそか
に熟考するに町方の死傷ハ其筋より訴へ出る掟なれハ
きゝおとろく程の多人数なるも知るへきなれと諸矦及ひ
御旗本の藩臣抔はたとへ死傷人多く共皆深くひめかくし
て披露なけれハ幾千万の死傷有しもはかられ難く己
こたひまのあたり目驚せしうち大名小路辺長屋潰れしさ