翻刻
紀聞十一條
松栄院様晴光院様誠順院様精姫君様綿姫君様共
に御住居向御大破により御本丸へ御立のき御逗留遊は
され亦又美賀姫君様は当月五日京都より御本丸へ御下着
即日一ッ橋御館へ御引移りの筈なりしに右御館御破損
により同夜御本丸に御逗留ならせらるゝろ云溶姫君様
精姫君様ハ御住居御破損により其庭内へ御仮家を立
られ夫に居らせなひ未姫君様のミ御別条なきよし
きこへけれと右御住居の隣家福岡矦の長屋潰れし
程のゆりなれハ全く御破損なしとハおせわれさる也是らを
以てもこたひのなひの災厄甚しきをしるべし
会津矦和田倉内の屋敷ハ地震潰の上残りなく焼失
せしかば家来の王氏怪我人多しとなりとり分奥向
つかへの婦女るいは憐むへき事二て錠口開くへきい
とまなけれハむなしく焼失死し二三百人の中にて
わづか二三十人ならては助からざりしと云此事風評
なれ共左も有へき筋に聞へたり是をもつて外大名衆之
事をも推しはかるへし
武藤秀之丞屋敷ハ船河原橋《割書:俗にどんど|はしといふ》の東江戸川辺也
家作忽ち潰れて養子桜橘只々獨り早く外へはせ出す