みんなで翻刻ver1

コレクション: STAGE9

那為の後見艸 全 - 翻刻

那為の後見艸 全 - ページ 30

ページ: 30

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れと養父母祖母娘二人ハ皆家の下におしにうたれて 出る事かなわさるを桜橘壱人して家を崩し棟木 を剪りたちて不残命を助ヶしとなり此事いふかし く思ひたりしに桜橘は内藤甚左衛門三男二て己れか娵 の甥なれは後日に来りし時尋ねしに其事まきれ なけれと只々一人して出せしには非らす人呼集メてから く救ひしなりと答ぬ且彼の辺ハ元来万治の頃の埋立 地なる故にや地震のゆり方他所と替りて下より突上る 如く覚たり依て逃出んとするものも畳ゆり立て夫 につまづきいかにもすゝみ難くて皆出おくれしと云奇 談といふべし此江戸川辺及ひ市兵衛厚木百間長屋諏訪 町辺ハおしなへて強かりしといふ事既に後に載たる 栗軒しか紀聞中にもいわれたり合せ考ふへし 小石川柳町辺も強く震りしなり己か甥新見兵庫《割書:中奥|御番》 《割書:にて高千石余なり四五年以前下谷三味せん堀より屋敷替して爰に移|り家作の惣修理もとゝのへ又去冬隠居所二タ間を新に造営せしか惣潰》 《割書:れとな|れり》屋敷も柳町なるか住所長屋共残りなく潰れたり 又松崎氏《割書:御儒者太郎か養子幸三郎か屋敷也|小石川馬場近所推木屋敷と云の隣家也》の家作も惣潰れにて 横死怪我人も有之ときけり 市ヶ谷加賀屋敷馬場辺に住せる大御番なりし人久しく 煩ひて死したるハ家督に人の事なれハ内々二十月二日の暮時