翻刻
さへてあたりを見るにあかり障子ふすま障子はもとより
手かたくしおきし板戸まてこと〳〵くたふれ鴨居もおつる
はかりにゆるき出床の間に置し小道具やうの物も座敷中
にまろひ出たるさま容易の事ともおもわれさるうち長屋
に住せし男とも両三人はせ来りて我々か部屋の壁ハ皆
おち崩れてかく埋られしとて土まみれたれさまなれハ
大に驚きさあらんには台所なといかゝ心もとなしと廊下
つたひに《割書:やつかれ此地に移住せし頃より内隠の心決しけれハ小|家をしつらゐおもやへは廊下をもて通行するゆへなり》
玄関わきをすきつるにあたりの壁ともミな崩れおちて足
入へき所もなけれはその上をからくあゆミて台所に至
るに石もてたためる出まど皆板敷の上におとり出て銅
壺釜茶かま迄かたふき倒れたりやせかれか住居如何と
とひつるにいつれも怪我なく庭前にのかれ出しときはや
うやく心おちつきたりおのれもし酒の助けなくして
最初の強き響きをきゝたらんに狼狽すへきにかくお
くれて目さましハ僥倖なりこれらハ古人の語にたか
はしと独りつふやきぬさてかゝる大地震にハゆり
かへす事まゝありと聞々つれは再ひあやまちしてハ
人の笑とならんと頓て提灯取いて座鋪の中央に釣
下け蝋燭点して夜明る迄をきたり果してその後度々