翻刻
○大黒天(だいこくでん)。うちうなづき。心得(こゝろへ)たりとて。槌(つち)を振(ふり)
あげ。貧楽(ひんらく)があたまを。さん〴〵に打(うち)たまへば。
○貧楽(ひんらく)。驚(おどろ)きあわて。身体髪膚(しんたいはつふ)は。父母(ふぼ)にうけ
たり。そこなひやぶられては。親(おや)への言訳(いゝわけ)たち
がたしと。合口(あひくち)に手(て)をかくれば
○大黒天(たいこくてん)。笑(わらふ)て曰(いわく)。我(わが)槌(つち)を以(もつ)て。首(かしら)をやぶりし疵(きづ)は。
親(おや)へ言訳(いゝわけ)立(たて)じといきどふりて。汝(なんぢ)が口(くち)に。歴史(れきし)を能(よく)
そらんじ。胸(むね)に経書(けいしよ)をわきまへ。身(み)の行(おこな)ひ。故人(こじん)に
恥(はぢ)ずといふ。我慢(がまん)邪見(じやけん)の心(こゝろ)の大疵(おゝきず)は。親(おや)へ不孝(ふかう)
とはおもはずや。口(くち)に孝経(かうけう)の語(ご)をいひて。手(て)には脇(わき)
指(ざし)をひねくりて。我(われ)と打(うち)はたさんとするが。孝行(かう〳〵)
にて。故人(こじん)の行(おこな)ひに恥(はぢ)ざると思(おも)へりや。胸(むね)に経書(けいしよ)を
弁(わきま)へたる身(み)が。眼(まなこ)くらくして。今(いま)汝(なんぢ)が頭(かしら)を打(うち)しは。汝(なんぢ)が
望(のぞ)みし学問(がくもん)を。打出(うちいだ)し見せたると。しらぬこそ愚(をろか)
なれ。汝(なんぢ)にかぎらず。世(よ)の中(なか)には只(たゞ)博覧(はくらん)なるを
学問(がくもん)と思(おも)へる。愚盲(ぐもう)の者(もの)多(おほ)し。誠(まこと)の学問(がくもん)といふは。