翻刻
地震津波落はなし
〽物(もの)にはみな陰陽(いんやう)のあるものじやか此たひの
地(じ)じんは陰(いん)かいナ陽(やう)かいナ〽何(なに)をいふぞいかみなりは
上からくるによつて男(をとこ)しや又じしんは下(した)から持(もち)
あけるさかい女(おなこ)しや〽なんの地震(じしん)が姫(ひめ)てたまる
ものか〽イヤ姫(ひめ)のしやうこがある前方(まえかた)善光寺(ぜんこうじ)へ
往(い)て惚(ほれ)さそふとおもふた所(ところ)が何をいふても片田舎(かたいなか)
じやによつて大勢(おゝせい)をふつて戻(もどつ)つ来(き)たそこで
皆(みな)にいやかられた又 此(この)夏(なつ)も奈良(なら)から伊賀(いが)
辺(へん)へ出(で)かけたところが皆(みな)にいやかられたそこて地震(じしん)
此度(このたび)はなんても惚(ほ)れさそふとおもふて朝(あさ)の間(あいた)から
ゑらゆすりにゆすつて出(で)たのじや あほういへだれが
地しんにほれるものかあほういへないとはいへぬゑら
ゆすりにゆつてじや有(あつ)たによつて
落〽とふ〴〵津なみが打込(うちこ)んだがナア
大津波末代噺種
宝永四《割書:嘉永七甲子迄|百四十八年に成》十月四日大地震後津波となる
道頓堀に入て群る舩に橋〱を落はし既に中橋に
舩せまり早中程の板二三枚落けるに人々渡りかゝり
踏外して落るもあり又身かるく飛越るもありかゝる所に年
の比三十四五と見へし女三才位の娘の子を負ひ七才許の
男の子の手を引此所に来かゝりけるに飛ねば落る究り
飛んとすれとも子供二人なれば抱ひて飛ひかたしいかゞは
せんと猶豫せしが迚も遁れぬ所なりと背に負ひし
女子を川に投捨男壱人を横抱にして思ひ込んて飛ひ