翻刻
【上部】
夫天地不時の変動は
陰陽混して雷雨と
なる地にいれは地震を
なすア丶神仏の
応護も
是を納むる
事かたし
頃は嘉永
六丑年二月
二日昼四ッ時
より夜九時
まて大地震
相州小田原
大久保加賀守様御
領分御城下万町
本町板ばしりう
しまち通り
青物町すわを
町寺町
御城角やぐら
町家とも大に
損す近村近郷
【下部】
酒匂川筋飯すみ
十文字十日市場
子安大山へん
堂龍権現山道
東海道筋小田
原つゞきはだ
山中大久保長門守様
御領分村々多く
損ず箱根湯本
七ケ所二子山辺同所
権現様御山内尤
御社は御さわりなし
同所湖水あふれ
出さいの河原辺大に
損す夫ゟ豆州海辺
山々真鶴網代伊東
西はしゆせん寺三嶋
此外所々大損する
といへどもあらましを
記し高覧その儀
のみ
現代語訳
【上部】
そもそも天地の異常な変動は、陰陽が混じり合って雷雨となり、地に入れば地震を起こす。ああ、神仏の加護もこれを鎮めることは困難である。時は嘉永六年癸丑年二月二日、昼四つ時(午前10時頃)から夜九つ時(午前0時頃)まで大地震があった。相模国小田原の大久保加賀守様の御領分である御城下の万町、本町、板橋通り、牛島町通り、青物町、諏訪町、寺町、御城の角櫓、町家ともに大きく損壊した。近隣の村々や郷も被害を受けた。
【下部】
酒匂川沿いの飯泉、十文字、十日市場、子安、大山周辺の堂、龍権現の山道、東海道沿いの小田原に続く秦野、山中、大久保長門守様の御領分の村々も多く損壊した。箱根湯本、七か所、二子山辺りも同様で、権現様の御山内、特に御社には御支障はなかったものの、同所の湖水があふれ出て、賽の河原辺りが大きく損壊した。それから伊豆国の海辺の山々、真鶴、網代、伊東、西は修善寺、三島、この外の所々も大きく損壊したということであるが、概略を記して高覧に供する次第である。