翻刻
木の中より血流(チナガ)れ出たりあやしみ割(ワリ)て
みれは人の面犬(ヲモテイヌ)の形なる獣(ケダモノ)あり敬叔(ケイシユク)が云
此は封侯(ホウコウ)といふ物也とて煮(ニ)て食しと也
今の世大木|抔伐時(ナドキルトキ)折節|血(チ)なんと出ル
事あれは神木也とて恐(ヲソ)れ悔(クヤ)む是
恐(ヲソ)らくは木の中に封侯(ホウコウ)有ル故成べし
其外|牡丹芍薬柳樹芭蕉(ボタンシヤクヤクヤナキバセウ)の精(セイ)人に
成しといふ事|小説(しやうせつ)共に往〻に記せり
本朝(ホンチヤウ)にも封侯(コタマノキミ)女に通(ツウ)ぜる故事(コジ)あり
昔シ赤染衛門(アカソメヱモン)が妹(イモフト)おりふ事ありて南面(ナンメン)の
暮(クレ)を詠(ナガメ)居たりしに何国(イヅク)ともなく直衣(ナヲシ)
着(キ)たる男のえならぬ香薫(カホリ)して来ツヽ
女と打かたらひぬ夫(ソレ)より後は夜毎に通ひ
ぬれど車の音(ヲト)もなく連(ツレ)たる仕丁(ジテウ)もなし
住家(スミカ)を問とも語(カタラ)れす女ふしきさに
有ル夜の帰るさに男の裳(モスソ)に糸(いと)を付て