翻刻
【左丁】
龍澤山桂泉院縁起書
美篶刈る信濃の国上伊那の郡其名も高遠の里
なる龍澤山桂泉院の由緒を繹ねまゐらするに
二 八
今をさること五百《見せ消ち:四》十《見せ消ち:三》年のむかし人皇第八十
六代後村上天皇の御宇に当りて丹波の国曹洞
宗永澤寺といふ寺に住まひつる名僧に月浦と
なむいへる禅師ありけり禅師おもへらく広く
教化を世に布き普く仏の功徳を人に知ら
しめむには薪伐る賎くむ汐くむ海士か住まへ
る山里浦里のわかちなく諸々の国々を行脚
して彼の御法の尊とき此の御教の辱なき
をかつは説き且は示すにしく挙やあると