翻刻
【右丁】
行水と過るよはひとちる花といつれまて《振り仮名:てふことをき|(とい ふといふことはなり》くらん
《振り仮名:あだくらべかたみにしける。|(はかなきこと人をいひくらふる也【「し」があるのでは】(男女たかひにする也》男女のしのびありきしけること成べし
(五十一) むかし。おとこ。人のせんざいに。きくうへけるに
《割書:古今》《振り仮名:うへしうへ|(かさねことは也》秋なき時やさかざらん花こそちらめねさへかれめや
(五十二) 昔。男有けり。人のもとより。かざりぢまきおこせたりける返事に
あやめかり君はぬまにぞまどひける我は野に出てかるぞわびしき
とて。きじをなんやりける
(五十三) むかし。男。あひがたき女にあひて。物語などしける程に。とりのなきければ
いかでかはとりのなくらん人しれずおもふ心はまだ夜ふかきに
(五十四)むかし。おとこ。つれなかりける女にいひやりける
ゆきやらぬゆめぢをたどるたもとにはあまつそらなるつゆやをくらん
(五十五) むかし。男。おもひかけたる女の。《振り仮名:えうまじう成|
我ものになるましくなる也》ての《振り仮名:よに|(世也》
思はずはありもすらめとことのはの折ふしごとにたのまるゝかな
【左丁】
(五十六) むかし。おとこ。ふして思ひ。おきて思ひ。おもひあまりて
わが袖はくさのいほりにあらねどもくるればつゆのやどりなりけり
(五十七) むかし。おとこ。人しれぬ物おもひけり。つれなき人のもとに
恋わびぬあまのかるもにやどるてふ我から身をもくだきつる哉
(五十八) むかし。心つきて。色ごのみなる《振り仮名:男。|(なりひら也》長岡といふ所に。家つくりてをり
けり。そこのとなりける《振り仮名:みやばら|桓武の皇女達也》に。《振り仮名:こともなき|たくひなくすくれたる女也》《振り仮名:女ども|つかはれ人也》の。ゐなかなり
ければ。田からんとて。此《振り仮名:男の|(なりひら也》有を見て。《振り仮名:いみじのすきものゝしわざ|(なりひら家居奥有て住なせるを物すき也とて女のほめたる也》
やとて。あつまりて。《振り仮名:入きければ。|(なりひらのいへに》此《振り仮名:男にげ|(なりひら也》ておくにかくれにければ。女
《割書:古今》 あれにけりあはれいくよの宿なれや住けん人のをとづれもせぬ
といひて。此みやにあつまりきゐて有ければ。此おとこ
むぐらおひてあれたる宿のうれたきはかりにも《振り仮名:おにの|(女のこと也》《振り仮名:すだく成|(あつまる也》けり
とてなん出したりける。此女ども。《振り仮名:ほひろ|(いねのほ也》はんといひければ
うちわびておちぼひろふと聞 ̄カ ませば我も田づらにゆかまし物を
現代語訳
【右丁】
流れる水と過ぎ行く年月と散る花と、どれが最後まで「ということを聞く」だろうか。
はかないことを互いに言い合っていた。男女の密かな交際があったことだろう。
(五十一)昔、男が人の千歳(菊)を植えるのを聞いて
植えた植えた、秋のない時があるだろうか。花こそ散るだろうが、根が枯れることがあろうか。
(五十二)昔、男がいた。人のもとから飾り粽を送ってきたので、その返事に
菖蒲を刈り、君は沼で迷っているが、私は野に出て刈るのでつらいのだ
といって、雉を送った。
(五十三)昔、男が会いがたい女に会って、物語などをしているうちに、鳥が鳴いたので
どうして鳥が鳴くのだろうか。人知れず思う心は、まだ夜が深いのに。
(五十四)昔、男がつれない女に言い送った
行き着かない夢路をたどる袖には、天の空の露が置くだろうか。
(五十五)昔、男が思いをかけた女が、自分のものになりそうもなくなって
思わないでいられようかと思うが、言葉の折々に頼もしく思われることだ。
【左丁】
(五十六)昔、男が伏して思い、起きて思い、思いあまって
私の袖は草の庵ではないけれども、暮れれば露の宿となるのだった。
(五十七)昔、男が人知れず物思いをした。つれない人のもとに
恋い慕って困り果てた。海人の刈る藻に宿るという、自分から身をも砕いてしまったことよ。
(五十八)昔、心をつくして色好みな男(業平)が長岡という所に家を作って住んでいた。そこの隣にいた宮原(桓武天皇の皇女たち)に、類なく優れた女房たちが、田舎住まいだったので、田を刈ろうとして、この男(業平)がいるのを見て、「たいそうな好色者の仕業よ」といって、集まって入ってきたので、この男(業平)は逃げて奥に隠れた。女は
荒れてしまった。ああ、幾世の宿だろうか、住んでいた人の便りもしない
といって、この宮に集まり座っていたので、この男は
葎が生い茂って荒れた宿のつらいことは、仮にも鬼(女のこと)が集まることだ
といって出した。この女たちが「稲穂を拾おう」といったので
困り果てて落ち穂を拾うと聞くので、私も田面に行きたいものを
英語訳
【Right Page】
Flowing water, passing years, and scattering flowers—which will last until the end, asking "what will become of this"?
They were comparing transient things with each other. There must have been secret romantic encounters between men and women.
(51) Long ago, a man heard someone planting chrysanthemums (senzai):
"Plant, plant—will there be a time without autumn? The flowers may scatter, but would the roots wither?"
(52) Long ago, there was a man. Someone sent him decorative rice dumplings, so in reply:
"Gathering iris, you wander lost in the marsh, while I go to the fields to gather—how lonely!"
And he sent a pheasant.
(53) Long ago, a man met a woman difficult to see, and while they were talking, a bird sang:
"Why does the bird sing? My secret feelings tell me the night is still deep."
(54) Long ago, a man sent this to an indifferent woman:
"On the sleeves that wander the endless dream path, does the dew of heaven's sky settle?"
(55) Long ago, a man's beloved woman became unlikely to become his:
"Could I help but think? Yet with each word spoken, I find myself hopeful."
【Left Page】
(56) Long ago, a man lay down thinking, got up thinking, and overwhelmed by thoughts:
"My sleeves are not a grass hermitage, yet when evening comes, they become a lodging for dew."
(57) Long ago, a man had secret sorrows. To an indifferent person:
"Weary with love, like the seaweed that fishermen gather for shelter—I have crushed my own body!"
(58) Long ago, a passionate, amorous man (Narihira) built a house in a place called Nagaoka and lived there. The neighboring imperial princesses (daughters of Emperor Kammu) had incomparably excellent ladies-in-waiting who, living in the countryside, came to harvest rice. Seeing this man (Narihira) there, they said, "What a great libertine's doing!" and gathered to enter his house. This man (Narihira) fled and hid in the back. The woman said:
"It has fallen to ruin. Alas, how many generations has this dwelling seen? No word comes from those who lived here."
Having gathered and sat in this palace, the man responded:
"The painful thing about this dwelling, overgrown with weeds and fallen to ruin, is that even temporarily, demons (referring to the women) gather here."
When these women said they would "gather rice ears":
"Hearing that you gather fallen ears in distress, I too would like to go to the rice fields."