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「右帖」
廿日三拾目に而打申候四月十六日其外毎々打払
申候筒三十目五十目筒百目玉筒を次打申と申上候得
は扨?能大筒役を御もち被成候と御???(三字消す)意被成候何ら
御用相済御断理被仰付二日夜芦屋へ罷帰る
一 被召捕置候目明し之者三人大坂御町奉行北条安
房守殿小笠原右近将監様へ御後被成則小倉へ
被召置沖売之目明し頭取シヤンシイ金右衛門播
磨屋又兵衛久保甚衛門此三人を以唐船へ沖売
船を仕立商売致候而何とそ地方江釣寄候手立
を仕候而唐人を生捕候様被仰渡此金ゟは売国へ
「左帖」
数年住居し此四五年之間若松沖(消す)洋(まま)へ漂来の唐船
へ乗来り通仕役を致日本ばいん舟をかたらひ母に
洋売せし者也シヤンシイ金右衛門生国不知シヤンシ井
官と云つて?宗タル云葉也と?(そ)横戸屋五郎去大坂の者唐
韻通を居る故日本之人(ばん)通せしとそ甚右衛門は長崎
の者唐韻通せし故金ゟ甚右衛門は?(消す)唐人江よく言葉
通せしとそ
右三人之目あかし三御領江壱人宛御渡可被成と北条
安房守殿被仰聞然はも先小倉へ三人共に被召置
一 喜多村弥次兵衛手付御陸目付是は交代に而相勤