翻刻
「右帳」
右衛門初河茂能く聞た満へ此間於若松も如申ける
度唐船へ仕寄せ候はは各随分大筒を無透
間打掛け唐人打殺し船手よりは毛?に火を付
唐船に乗移りなけ込大てい?(一字消す)火も廻り候と思
はは銘銘舟に乗移又大筒稠(きひ)敷打かけ尤も火
矢も打掛何とそ唐船打潰申様にて被相心得
云候(朱字 へは)は?(一字消す)各御奉公は已候は
此表(一字消す)節に極たり一命(めい)をはめ相働可申候可被易御心安候直
右衛門初何茂口々に夫こそ武士の望所こらへ者本
望不過之候と云あへりまた弥次兵衛曰今度唐
「左帳」
船大嶋近辺に漂流難心得共去去年以来毎々大
筒に而打払手なみも能存候殊に頃日小倉領間(あい)
之嶋より目明三人之者仲買舟に而商物取知るし
地方へ寄せ候へと近くへ共芦屋へ抱大筒之士被相詰候
事聞伝へ地方へよせ不申内に候處此唐船寄相外
之漂流可癖(くせ)者に付地之嶋へ渡り唐船へ仕寄大筒
稠敷打掛打沈に相決すべし直右衛門云う各一命を
抛被申候上は無に別儀御目代之弥次兵衛猶亦聞届
被置候得は慥成證人也御筒役いつれも勇はすす
み銘銘旅宿へ引取支度し夫ゟ喜多村加藤は主殿