翻刻
「右帳」
斯而唐船今は次第次第に焼流れ大嶋地嶋の間に流
行北沖迄も可流行躰也此時主殿留よと舟手に
下知す地嶋より来る大いかり縄を唐船之底板に
結(ゆい)付数艘の浦舟に頭こきさせ地嶋のこもら?(一字消す)へ
引着けよと下知す此漕行内に唐人三人?の方に
縄にさかりて見へけれは平野宅助茨木三太夫
小筒「割り書き 三匁五分玉の筒」にてうつ壱人は尾崎仁助こき寄
鎗に而突く右唐船過半焼唐人海に飛入飛入
游行を鉄砲にて打鎗に而突殺時分御傍筒
浅見瀬右衛門三原治平浦舟にて急き来る是は
「左帳」
一時廿一日弥次兵衛ゟ小倉へ聞合する事有て当
人の御傍筒を茂たるが今昼頃芦屋へ着き芦
やの者共沖に大筒の火音聞火の手見る趣を語る
に付当人急き小舟に乗り打潰の所へかけ付来先
ツ小倉の用事を大目附に申述並にシヤンシイ金右エ
門が書付を相達「割書き 此書付の趣サキに記」
弥次兵衛披見し直右衛門主殿に書面を語り
多り此唐船を手に入無此上仕合と各悦斯る今朝
より唐船打潰乗取たる趣先六左衛門殿迄可
申述とて御傍筒当人